テニプリ 財前光との妄想乙女ゲームシナリオ~二次創作~

この記事には、広告・プロモーション等含みます。

テニプリの乙女ゲームがなかなかでないので、勝手に乙女ゲーム妄想シナリオ(夢小説)を作成することにしました。

主人公の名前は夢小説にちなんで【夢】です。

あたたかい目で読んでいただけると嬉しいです。

U-17の合宿に、マネージャーとして参加することになった主人公。
そこで、運命の彼(財前光くん)と恋仲になっていく話。
【更新情報】
6/12 「合宿2日目」更新しました
6/13 「合宿3日目」更新しました
6/16 「合宿4日目」更新しました

プロローグ

少し肌寒くなってきた11月。

帰宅部の私は、委員会でお世話になっている【オサム先生】に呼び出された。

「失礼します…」

職員室に入ると、オサム先生が大きく手招きをしている。

「おお、すまんな。」

「いえいえ、ところでご用件は何ですか?」

「ほんまに申し訳ないお願いなんやけど…2週間ほどでええから、俺が顧問をしてるテニス部のマネージャーになってもらいたいんや。」

「マネージャー…?」

委員会の件で呼び出されたと思っていた私は、まさかの話に、しばしフリーズしてしまった。

「まぁ、2週間ほどでいいなら…人手不足ですか?」

「今レギュラーメンバーがU-17代表合宿に参加しとってな。その合宿に、各学校から選手の世話係が必要なんやて。本来ならマネージャーが参加なんやけど、うちにテニス部はマネがおらんからな。そこで、折り入ってお前に頼んどるってわけや」

「な、なるほど…。で、その合宿っていつからなんですか?」

「合宿自体は始まっとるで。マネージャーたちの集合日は3日後や。」

「ええっ!?それはまた急な話ですね」

「いや、それがな…俺がすっかり忘れててな。運営側から連絡がきて、こうして焦ってお前に頼んどるってわけや!」

こんな急な話を堂々と言ってのける先生の態度に、若干の戸惑いを覚えつつ、困っていることは確かなことは伝わった。

「合宿中は学校ももちろん出席扱いになるし、ボランティア活動ということで内申点も上がるで!」

ここまで頼まれると引くに引けないし、内申点が上がるという魅力付きなので、了承することにした。

「分かりました。頑張ってみます」

「よしっ!おおきに!!」

こうして、私は、U-17代表合宿にマネージャーとして参加することになった。

いざ合宿所へ!

本日、いよいよ合宿に参加。

生まれて初めて大阪から東京まで移動。

少し緊張したものの、とても良い体験になった。

「四天宝寺中からのマネージャーさんですね。では、案内します」

合宿所で受付を済ませると、スタッフ専用待機所に案内される。

マネージャーという名目でここにきたけど、テニス部メンバーも知らないし、なんならテニスにも全く詳しくない…。

「なんとかなる!!」

という、オサム先生の軽いノリ発言に騙された気もするが、結局のところ、行くと決めたのは私だし、やるからにはしっかり責務を全うしようと思う。

そんな決意表明をしていた矢先、マネージャーチームの総括責任者が登場。

選手たちのスケジュール、それに伴うマネージャーチームのスケジュール、イベントや今後の予定などについての説明があった。

驚いたのが、選手たちの分刻みのスケジュールだ。

これを同級生や、年齢が1つしか違わない人たちがやるのかと思ったら、それはもう尊敬しかない。

そんな選手たちのコンディションを、最大限に引き出すのが私たちの仕事と言われたら、手に汗握ってしまう…。

担当は205号室

全体ミーティングの後は、自分の担当部屋はどこか発表された。

私の担当は205号室。

次期部長候補の2年生が集まる部屋だと聞かされる。

青春学園の海堂薫くん。
立海大付属の切原赤也くん。
氷帝学園の日吉若くん。

そして、同じ中学校である四天宝寺の財前光くん。

同じ2年生とはいえ、財前君とは面識がない。

気を抜くと、溢れだしそうな【不安】という感情に蓋をして、私は205号室に挨拶に行くことにした。

部屋に向かう途中、206号担当マネージャーの子と話した。

「206号室を担当になった六角中1年の【大野あおい】といいます。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくね。私は205号室担当、四天宝寺2年の【桜井夢】だよ。仲良くしようね。」

「優しそうな先輩がいて、ホットしました。正直…この合宿ちょっと緊張してて…」

「思った…この緊張感、ちょっと重圧感ある!!」

「私…実はマネージャーでもなんでもなくて。先生の『内申点が高くつく』って言葉にまんまとハマってしまって、テニスの知識も何もないのに…」

あおいちゃんは、責任の重さを感じているようで、やや涙目で訴えてくる。

「大丈夫だよ、私もおんなじ理由でここにきた仲間だから。私、マネージャーどころか、テニス部メンバーが誰なのかも分からずここにきたの。」

「そうなんですか!?ただのボランティアじゃすまされない空気感じゃないですか…選手たちのカリキュラムもすごすぎるし…私に務まるのかなって急に不安で…」

「うんうん、分かるよ。私も、全く同じこと思ったよ。ちょっと想像してたよりスケールが大きくて引いちゃったもん」

「やっぱりそうですよね!私、帰ったら先生に文句言ってやる!って思うくらいでしたよ」

「ふふ。それくらいなら許されるよ。」

「きたからには、頑張ろうとは思いますけど…」

「そうだね、一緒に頑張ろうね」

2人で、閉じ込めてた不安を語り合いながらも意気投合する。

つい盛り上げっていると、後ろから不機嫌な声で注意を受ける。

「お前ら、うるさいぞ」

振り返ると、氷帝学園2年の日吉若君が経っていた。

ちょっとミステリアスで近寄りがたい雰囲気をまとっている。

「ごめんなさい!」

とっさに謝罪してから束の間、一挙に廊下が騒がしくなる。

選手たちが、自分たちの部屋に戻る時間になり、205号室のメンバーもぞろぞろと姿を現す。

部屋の前に立っていた私に声をかけてくれたのは、 青学の海堂くんだった。

「俺らになにか用か?」

日吉くんに負けじと、厳格な雰囲気を漂わせる彼。

すると、海堂くんを押しのけるように、立海の切原くんがやってきた。

「なになに!?もしかしてあんた、監督たちが言ってた専属マネだったりする?」

「はい。205号室担当になりました、桜井です。」

「へーやっぱり!で、どこ中なわけ?」

「四天宝寺です。」

「四天宝寺って、財前と同中じゃん!おーい!財前、お前と同中のマネだってさ!」

切原くんが財前くんに声をかけてくれる。

「って、財前のやつ、いなくね!?さっきまでそこにいたよな!?」

「財前なら部屋に入ったぞ」

海堂くんが返事をする。

「マジ?いつの間に!?挨拶くらいしろっての」

そういうと、切原君は部屋のドアを開けて、財前くんに声をかける。

「おーい、財前。」

「は?」

「は?じゃねーよ。俺らの専属マネが挨拶きてっぞ。つか、お前と同中の桜井さん。」

「知らん」

財前くんは、こちらに見向きもせず、ヘッドホンを耳に当てて、ゴロンとしている。

「は!?んだよ、ったく…なんかごめんな。あ、挨拶が遅れたけど、俺は立海時期部長候補の切原赤也。よろしく!同じ2年だし、楽しくやろうぜ」

「切原、ここは厳かな場所だ。あんまりへらへらすんじゃねえ。」

「んだよ、海堂、お前は恐いし、日吉と財前はノリも悪いからだろ。ま、いいや、おかしな奴ばっかだけどよろしくな。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

205号室への挨拶は、ほぼ切原くんとの会話で終わった。

切原君が明るい人で本当によかったと思った。

緊張の挨拶を終え、私はようやくマネージャー専用の宿舎に戻った。

「夢さん!おかえりなさい!私たち、同じ部屋だったんですね」

宿舎に戻ると、笑顔いっぱいのあおいちゃんが私を出迎えてくれた。

「不安だったけど、なんだか頑張れそうです。ところで、205号室の皆さんはどんな感じでした?」

「うーん…ちょっと3人くらい気難しそうな…」

「え!?まぁ、205号室といえば、次期部長候補の皆さんでしたもんね…」

「206号室はどうだったの?」

「1人だけクールな方がいましたけど、あとの3人はとってもフレンドリーな方で、楽しくやっていけそうです」

い、いいな…

「困ったことがあったら、協力して乗り越えましょうね!内申点のために!!」

明るいあおいちゃんに元気が出る。

「あおいちゃんのおかげで元気が出てきた」

「よかったです!とりあえず、今日は早めに寝ましょうか。明日も早いですし」

「うん、そうしよう」

私たちは、急いで寝る支度をし、明日からの合宿に備えて英気を養うことにした。

こうして、合宿初日は幕を閉じた。

合宿1日目

今日から本格的に練習現場に参加する。

まだ日が昇らない頃に希少して、乾布摩擦やロードワークをする選手たちもいるそうだ。

205号室の海堂くんもその一人。

立海副主将の真田さんと、朝からトレーニングをしているようだ。

午前の練習がスタートする前に、私たちも朝食等を終わらせ、本日のスケジュールに沿って準備を開始する。

練習がはじまったら、担当選手のスコアなどをメモし、随時データ入力をする作業が待っている。

私たちが集めたデータを元に、コーチや監督たちが分析を行い、各個人にとって、より効率的な練習メニューを組み立てていくというので、私たちの責任もとても重大なのだ。

四天宝寺中テニス部

朝食会場につくと、既に何人かは食事をしていた。

昨日、あまり挨拶できなかったメンバーと話したいけど…

そう思っていると、私に向かって大きく手を振る人物が2人ほど見える。

メガネをかけた坊主頭の人と、バンダナをつけた人。

私ではなく、後ろに誰かいるのかと思い振り返るが、誰もいない。

「あなたよ~!」

と声をかけられ、ようやく自分だと気付く。

独特の雰囲気に、ちょっと緊張しながらも近づく。

「ごめんなさいねー!お呼びたてして!あなた、もしかして四天宝寺中からきてくれた子?」

「はい、そうです」

「オサムちゃんから聞いてて~ん。なかなか声かけられんくてごめんな~!私、四天宝寺中3年の金色小春やで♪で、こっちは私の相方の一氏ユウジよ。」

「先輩方だったんですね!」

「どんな子がきてんやろ~?って噂しとったんよ。ま、ここに座り」

小春先輩が、トントンと椅子の上を叩いて誘導する。

「では、遠慮なく」

「で、名前はなんていうの?私のことは小春ちゃんって呼んでええで」

「いえ、小春先輩と呼ばせていただきます。私は、2年の桜井夢です」

「てことは、財前と同じやん。」

ユウジ先輩がすかさず財前くんに話題をふる。

「はぁ…」

そっけない返事だ。

「なんや、コミュ力0な男やな、ほんまに!話を広げろや財前。思春期男子か!」

「先輩、うざいっすわ…」

「小春ちゃんと財前くんは、クラスは同じになったことないん?」

「ないですね…」

「あら!そうやったのね」

小春先輩とユウジ先輩と話していると、続々と四天宝寺中のテニス部メンバーが現れた。

「もしかしてこちらのお嬢さんは?」

部長の白石先輩だ。

「四天宝寺からきてくれた2年の夢ちゃんやて!」

「ほんま!おおきに。遠い中、大変やったやろ。あ、俺は四天宝寺テニス部部長の白石蔵ノ介や。よろしゅう」

「よろしくお願いします」

優しい声がけが身に染みる。

「オサムちゃんから連絡きとったけど、この子やったんやな!俺は3年の忍足謙也や。よろしゅうな。2年ちゅうことは、財前と同級生やんな?」

忍足先輩が、再度、財前君に話をふる。

「まぁ…」

またしても覚めた反応だ。

「ん?そもそも桜井さん、財前の部屋担当やなかった?205号室って聞いたような?」

「はい、そうなんです」

「ん?てことは財前!『まぁ…』やなくて、ちゃんとマネージャーとコミュニケーションとった方がええんとちゃう!?」

「そんな必要、あります?」

「は!?なんやこの子!反抗期すぎん!?お前、マネージャーに自己紹介もしてないんちゃう!?」

「ケンヤさん、朝からうっさいっすわ…」

「はは…かんにんな、桜井さん。あいつ、ちょっと難しいとこあんねん。でも、悪い奴やないから安心してな。もし困ったことがあったら、いつでも俺に相談してな。」

「ありがとうございます。」

正直、財前くんは、私の中で

とってもそっけない気難しい人

という部類になってしまっていたので、四天宝寺の先輩方の助け舟はとても心強い。

「ホンマも~あいつは愛想がないわ。財前、マネージャーに迷惑かけんなよ!」

そういうと、忍足先輩は財前くんの頭をくしゃくしゃにする。

「はぁ、もうなんなんすか…ケンヤさんと一緒にしないで下さいよ」

迷惑そうにしながらも、忍足先輩からの絡みをそこまで嫌がってなさそうな姿を見て、「悪い奴ではない」という言葉が腑に落ちる。

徐々に打ち解けて行けたらいいな。

そう心の中で呟いて、私はその場を後にした。

練習スタート

205号室4人の午前練習は、サーブ強化メニューだった。

担当マネージャーは、各々の選手のスコアを記録することも仕事だ。

このデータを元に、選手たちの弱点を補ったり、強みを最大限に生かす練習方法が組み立てられるので、責任は重大だ。

4人のサーブ練習が始まり、私はコーチ陣に教わった通り、スコアを入力していく。

他の部屋の選手もいるので、必死に四人だけを追い続けるのも、かなりの集中力が必要になる。

やっと一つ目の練習メニューが終わったと思ったら、隣のコートに移動し、すぐに2つ目の練習メニューが開始される。

「ただスコアを記録していけばいいよ」と記録する時のコツなどを、ツンツン頭の眼鏡の人に教わったけど、選手たちの打つボールが速すぎて、最初は慣れることに必死だった。

選手たちはものすごい集中力で、次々と高スコアを更新していく。

さすが全国区の選手たちだと、感嘆するばかりだった。

そんな中、財前くんも、涼しい顔で高スコアを更新していく。

休憩時間、私はすかさず4人にタオルとドリンクを用意する。

切原君以外の無言だった3人とも、徐々に会話をするようになった。

日吉「おい、マネージャー。今のはどうだった?」

海堂「次はあっちのコートに移動だ。モタモタするな。」

交わす言葉は少ないけど、夕方になるくらいには、私をマネージャーとして扱ってくれている感覚に、少しの喜びを覚えた。

「財前君、お疲れ様です」

ドリンクとタオルを差し出す。

「あ、おおきに。…つか、あんた、靴紐ほどけてる」

「え!?本当だ」

私は急いで靴紐を結びなおす。

「気を付けないとケガするから」

会話は少ないけど、会話が成り立っただけでも少し前進できた気がする。

合宿2日目

朝活スタート

今日は早起きして、ロードワークに出るという海堂くんをサポートする予定だ。

というのは、海堂くんの長距離走スコアを記録して欲しいと、青学の乾さんに頼まれたのだ。

「おはようございます」

ロビーで海堂くんを待っていると、立海の真田さんが現れた。

「おお、早いな。お前もロードワークをするのか?」

「いえ、私は海堂くんのタイムを測定しようと思いまして」

「なるほど、そういうことか。もしよければ、俺のタイムも計ってくれないだろうか?」

「はい、いいですよ」

「恩に着る。噂をすれば、海堂もきたぞ」

「おはようございます」

「おはよう。よし、揃ったし、行くか」

2日目の朝は、真田さんをはじめ、朝活組の選手たちとも、少し交流することができた。

 

「夢ちゃ~ん!2日目にして、ここの生活にもだいぶ慣れてきたんやない?」

午前練習を終え、食堂に向かう途中、小春先輩から話しかけられる。

「昨日よりはだいぶコツがつかめてきました。ボールも見えるようになってきたし」

「へー!お前、適応能力、早いな。テニス素人なのに、頑張ってて偉いわ」

ユウジ先輩が褒めてくれる。

そんな会話をしていると、向こうから真田さんの姿が見える。

「桜井、今日の朝は助かった。礼を言う。また明日からもよろしく頼む」

「いえ、お役に立てたならよかったです」

「え!?弦ちゃんといつの間に仲良くなったの!?」

「仲良くなったといういうか、海堂くんの朝のロードワークについていったら、真田さんもいて。真田さんの記録もとらせてもらってます」

「ええ~~!!素敵~!!弦ちゃんストイックやわ~私もついていこうかしら!」

「小春、死なすど」

財前くんと話そう~学校の話題~

練習の合間、少しだけ財前くんに話しかけてみる。

「財前くん」

「なんすか?」

「財前くんって何組なの?」

「7組」

「そうだったんだ。ちなみに私は3組だよ。7組って、同じクラスに山田くんっていない?」

「ああ、そう言われたらいるかも」

「山田君ね、1年生の時に同じクラスだったんだけど、お笑い芸人目指してるってだけあって、結構おもしろい人じゃない?」

「んー………あんま喋らんから分からん」

「そうなんだ…」

…会話が広がらない…。

「用事があるから、俺行っていいっすか?」

「え!あ、うん。引き留めてごめんね」

うーーん…財前くんと普通に会話できる日はくるのだろうか…

やる気がない?

日吉「おい、マネージャー。今日の記録を確認させてくれ」

切原「あ、俺も!」

日吉くんと、切原君、そして海堂くんが私が持っているタブレットを確認しにくる。

3人とは、この二日の間によく会話もするようになった。

同級生ということもあり、たまに召使いや執事のような扱いをされるようなこともあるけど、まぁお役に立ててるなら、それも仕事の一環と割り切っている。

「あれ、財前くんは?」

毎度、記録を確認しにくる3人に対し、全く自分のスコアに興味を示さないのが財前くんだ。

切原「あいつなら、もう昼飯食べに行ったんじゃね?」

日吉「財前はもともと、この合宿も1度断っていたようだし、そこまで気乗りしていないのかもな」

まさか一度お断りしていたとは初耳だった。

後で、財前くんに、今日の報告をしにいってみよう。

 

午後練が終わり、私は財前君に彼の今日の成果を伝えにいくことにした。

「財前君、ちょっといいかな?」

「またあんたか…」

うっ…悪意はなさそうだけど、その言い方はいささかキツい…

「財前くんだけ、自分のスコア見てなかったから報告しようと思って」

「あー…別にあんま興味ないから」

「え!でも、財前くん、練習すごく頑張ってるし、イイ感じに成果も伸びてるんだよ。」

「…。」

「あ、コーチからのアドバイスも書かれてたよ!明日からの参考になるんじゃないかな?」

「…。なら見てみようかな」

ようやくイエスと言ってくれて安堵する。

相変わらず表情はピクリとも動かないけれど、見てくれただけでもよかったかも。

「ざーいぜん!」

タブレットを渡すと同時に、後ろから明るい声が聞こえてきた。忍足先輩だ。

「お!自分の記録を見とるんやな。ようやくやる気が出てきたな。ええ子ええ子。」

「ケンヤさん、うっさいっすわ。重いから肩に腕おかないでくれます?」

「へー、お前、ここの弱点、克服してきとるやん!」

「あ、ほんまや…」

タブレットを見ながら、2人が語りだす。

「つうか、マネージャー、ごっつ細かく計測してくれとるし、コメントも細かっ!桜井、ほんま感謝やで。財前も礼、言っとき。」

「…。おおきに…」

「声ちっさ!ところで桜井、素人なのに着眼点がすばらしいというか、どっかで教わったん?」

「それは、乾さんと柳さんに教えてもらったんです。毎回、次回はどんなところに着目すればいいかとか、フィードバックをもらってます」

「なるほどな!ほんま大したもんや。合宿が終わったら、四天宝寺のマネージャーになってほしいくらいや。財前も、桜井を見習ってもっとやる気を表に出してみ!」

「俺、そもそも合宿くる予定やなかったし。ユウジ先輩のせいで巻き込まれただけやし」

「ほんまもー、この子はハングリーさに欠けるっちゅーか…。桜井も、財前の扱いは大変やと思うけど、どうか見捨てず、よろしゅー頼むで。なんだかんだで、かわいい後輩やし、次期部長やからな。」

2人のやり取りがとても微笑ましくて、つい笑ってしまう。

「見捨てたりなんかしませんよ。合宿にいる間は、嫌でもくっついていきますからね!」

「…。」

「…。」

微妙な空気感が流れる。ん?

「な、なんや、嫌でもくっついていくって、女子に言われると照れるな。はは!な、財前!」

「いや、俺に振らないで下さいよ」

「私、今おかしなこと言いました!?」

「いやいや、こちらが勝手に考えすぎたっちゅーか。そんなかわいい笑顔で、そんなこと言われたら、ドキッとしてまうわ。な、財前!」

「いや、だからなんで俺に振るんすか」

「ほな、俺はここらで部屋に戻ろうかな。ほな、またな!」

忍足先輩が颯爽と駆けていく。

「おおきに。これ、見たから返すわ」

財前くんがタブレットを差し出す。

「あ、うん!また情報が更新されたら報告に行くね」

「あー…うん。分かった」

忍足先輩の登場のおかげで、財前くんの雰囲気も少し緩んだような気がする。

明日からも報告しに行ってOKの返事ももらえたし、少しずつだけど距離が縮まった気がする。

明日からも頑張ろう。

合宿3日目

真田さんに捕まる財前くん

早朝、今日も海堂君と真田さんとロードワークの約束をしている。

「桜井、おはよう。早いな」

真田さんが現れる。

その後ろに、別の人陰がある。

海堂くんかと思いきや、なんとそこには財前くんの姿があった。

「廊下で会ってな。せっかくだから、一緒に乾布摩擦をしようと誘ってきた。」

「おはようございます。」

そこに海堂くんも現れる。

「海堂、おはよう!きたか!」

朝からハッキリとした物言いの真田さんに対し、財前くんは明らかに不機嫌オーラ?というより、哀愁が漂っている。

「財前くん、おはよう。今日は一体どうして…?」

こそっと話しかけてみると、

「はよ目が覚めてしもて、眠れんからちょっと散歩しよ思うて廊下にいたら、捕まった…」

「な、なるほど…」

「スルーしようとしたし、何度も断ったんやけど、無理やった…」

真田さんに、半ば強制的に連れてこられた財前くんは、死んだ魚のような目をしていて、それがとても印象に残った次第だ。

 

「今日はロードワークの前に乾布摩擦を行う!2人とも、上着を脱げ!タオルは、俺が用意したのを使うがいい。」

「パス…」

財前くんが小さく呟く。

「ん?何か言ったか?ほら財前、さっさとしないか」

しぶる財前くんの隣で、海堂くんは、真田さんに言われたことをテキパキとこなしている。

きっとストイック同士、とても波長が合うのだろう…

財前くんはついに観念したようで、渋々と乾布摩擦の準備を始める。

「真田さん、乾布摩擦が終わったら呼んでくれますか?私、あちらで待機しています」

「ん?別にいてもいいぞ」

「あ、いえ、さすがにそういうわけには…」

真田さんも、さすがに悟ったのか

「あ、あぁ…すまない、配慮が足りなかった。うむ、分かった。終わったら知らせよう。」

財前くんの切なそうな横顔をちらっと拝み、私はその場を後にした。

 

乾布摩擦が終わり、真田さんに声をかけられる。

「桜井、すまなかった。では、ロードワークに行くとしよう」

「3人ともお疲れ様です。」

準備していたドリンクを渡す。

「感謝する」

「ありがとっす」

財前くんにもドリンクを手渡すと、目で何かを訴えてくるようだった。

「お疲れ様です」

そう声をかけると、

「最悪っすわ…」

乾布摩擦は体にいいことではあるけど、財前くんの性に合わなかったようで、だいぶげんなりしていた。

さすがの財前くんも、真田さんには逆らえないかぁ…

トラブル

本日も全ての練習が終わり、今日は選手たちのデータ入力をする日になっていた。

普段の報告書とは違い、ちょっと骨が折れそうな細かいデータ入力だ。

パソコン作業は、学校での授業でもあるので少しはできるが、実はちょっと苦手だ。

でも、苦手だと言って逃げるわけにはいかないので、頑張るしかない。

そう思いながらパソコン室に向かうと、四天宝寺1年の遠山金太郎くんに出会った。

いつも天真爛漫な遠山くんが、今日はなんだか暗い様子だ。

「遠山くん、どうしたの?何かあった?」

「あ、ねーちゃん…」

「どこか具合でも悪いの?医務室に行く?」

「宿題が…」

言いにくそうにゴモゴモしている。

すると、そこに白石先輩が現れた。

「探したで、金ちゃん!急におらんくなって」

「ひ!し、白石…」

心なしか、なんだか怯えているように見える。

「金ちゃん、はよ宿題、見せてみ?」

「…。」

「毒手かなぁ…」

白石先輩が、巻いていた包帯をほどきかける。

「イヤやぁ!!それだけは勘弁してぇなー!!もう逃げへんから!!」

「ほんまに?」

「ほんまや!ほんま!」

「あの、何があったんでしょうか?」

事の真相が知りたくて、質問をしてみる。

「金ちゃん、宿題の提出が明日の朝までやねん。今まで口を酸っぱくして言ってたんやけど、これが全然手をつけてへんかったって話や。」

「あら…そうだったんですね…」

「学校にいない分、宿題の提出は必須でな。提出せんかったら、合宿は中断して学校に強制帰還や。やってる言うとったから信じとったけど。」

「宿題開いたら眠くなるんや~やろうとはしてたんやで~」

必至に訴える遠山くんが、なんだか不憫に覚えてしまう。

「よし!遠山くん、私が手伝うから、絶対に終わらせよう!」

「ねーちゃん、ほんまにええの?」

「うん!遠山くんは日本代表に絶対に必要な選手だし、宿題が原因で合宿が終わっちゃうなんてもったいないでしょ。」

「ねーちゃん、おおきに!わい、今日は絶対に頑張るで」

「桜井さん、ほんまおおきに。俺も、自分の課題が終わり次第、そっちに合流するわ」

「ありがとうございます。じゃあ、遠山くん、夕食とお風呂を早めに済ませて、自習室に集合ね!」

「おおきにー!!」

遠山くんに明るい笑顔が戻る。

私はといえば、パソコンへのデータ入力が気になるところだが、今は遠山くんの宿題が先決。

データ入力は、遠山君の宿題が終わってから頑張ろう。

 

夕食後、私と遠山くんは、自習室で山盛りの宿題とにらめっこをしていた。

私は、遠山くんにヒントを出していき、遠山くんは唸りながらも頑張っていた。

最初から今まで溜め込んできたと思われる膨大なる宿題の量に、最初はどうなることかと思ったが、テニスで培ってきた集中力が功を奏し、遠山くんはなんとか宿題を終わらせることができた。

「ねーちゃん、おおきに」

「桜井さん、ほんまにありがとう」

後から合流した白石先輩も、ホッと胸をなでおろす。

気付けば夜も12時を回っていることに気づく。

「2人とも、早く寝て下さい!もう夜中の12時をまわってます。明日もハードな練習ですよ!」

「わ!ほんまや。桜井さん、ほんまありがとう!ほら、金ちゃん、はよ帰るで」

2人と別れた後、私は大急ぎでパソコン室に向かうのだった。

 

パソコン室は、さすがにもう誰もいなくなっていた。

「だよね~…」

一人寂しくパソコンの電源を起動する。

朝の4時から起きていたので、さすがに瞼が重い。

夢の中に入りそうになるのを必死に堪える。

報告書を打ち終わる頃には、時計は夜中の2時を回っていた。

「うぅ…さすがに限界…」

あとは、報告書フォルダをコーチ陣たちのフォルダに移す作業だけだというのに、頭が全く回らない。

現実なのか夢なのか分からないほどに、私は睡魔に抗えなかった…

 

「…い!桜井!!」

遠くから、私の名前を呼ぶ声がする。

「あと、10分だけ…」

「おいおい、風邪ひくで」

ん?聞き覚えのある声?もしかして?

慌てて飛び起きると、目の前には財前くんが立っていた。

「え!?なんで財前くんがいるの!?」

「なんでって、お前、ロードワークの時間になっても来ぉへんし。時間を守るお前が来ないなんておかしいってなって。真田さんと海堂とお前の部屋に行ったら、昨日から部屋に戻ってないって言うから、合宿所中、探し回っとったんや。」

「嘘!!私、寝てたんだ…」

「パソコンしたまま、寝落ちしてもうたみたいやな」

「真田さんと海堂には連絡したから、お前は時間まで部屋で休め。つか、なんでこんなとこで寝落ちしたん?」

「昨日は遠山くんの宿題を手伝お終わったのが12時で、そこからパソコン室で自分の仕事をしてたらいつの間にか2時で…そこから記憶が…」

「あー、そういうことか」

「で、その『仕事』ってやつは終わったん?」

「あ、うん!それは大丈夫。あとはコーチ陣たちのフォルダに移すだけ…」

パソコンに目をやると、昨日記録したはずのフォルダが見当たらない。

どうしよう…

血の気が引いて冷汗が出てくる…。

「どうしたん?真っ青な顔して」

「昨日の記録が…丸ごと無くて…」

「は?」

「どうしよう…寝てる間に消してしまったんだ…」

自分が不甲斐なくて辛い。

「はぁ…ちょっと貸してみ」

そう言うと、財前くんは、パソコンを操作しだす。

それはもうプロ並みに手慣れた手つきだ。

5分も経たない頃、

「お前が書いてた記録ってこれ?」

覗き込むと、確かにそこには私が寝ぼけ眼で作成した記録がある。

「うん!それ!!」

「はぁ…寝ぼけてフォルダごと、消去してたわ。幸い、バックアップがとれてたから、復旧しといたわ。ついでにフォルダに入れといたで」

「ありがとう…」

嬉しさのあまり、全身の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

昨日からの疲れも相まってか、私の涙腺はゆるゆるで、自分の意志では止められない雫が頬をつたっていた。

「おい、なに泣いとんねん…」

「だって…これって財前くんがいなかったら、今頃、私、どうなってたか…」

「大げさやって。まぁ、でも、俺がいてよかったのは事実やな。つか、ほら、涙 拭きや」

そう言うと、さりげなくハンカチを差し出してくれる。

「まぁ、また困ったことがあったら、俺を頼ってくれていいから」

「え?」

「…。まぁ、とりあえず、お前は時間まで少しゆっくりしろってこと」

そう言い残すと、財前くんはパソコン室を後にした。

本当は優しい人なんだと、心からそう思った。

 

「夢さん、心配しましたよ!」

部屋に戻ると、同じ部屋のあおいちゃんがとびつくように迎えてくれた。

「ごめんね、昨日、パソコン室で寝落ちしちゃってたみたい」

「朝の4時すぎに、真田さんが訪ねてきてびっくりしちゃって。ベッドを確認したら、夢さんがいないから焦りました。オロオロしてるところに、財前さんから連絡が入ったんです。」

そうだったんだ…真田さんたちにもだいぶ迷惑をかけてしまっていたみたい。
後でお礼を言いにいこう。

「夢さん、あんまり無理したらダメですよ。私たち、一応女子だし、ここにいる選手たちにフルで付き合う体力は持ち合わせてないですからね!」

確かに、あおいちゃんの言うとおりだ…

「夢さんは、しばらく寝て下さい。朝のマネージャー業務は、私がなんとか説明しておきますから。午後からまた練習だし、夜は『交流イベント』をするってさっき連絡がきてました」

「交流イベント?」

「親睦を深める目的みたいです。世界に通用するには、テニスだけでなく、仲間内のコミュニケーションも大事だからって、柳さんが言ってました」

「なるほど、確かに」

「練習が始まる時間になったら、私が起こしに来ますので。ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう、じゃあ、少し休ませてもらおうかな」

あおいちゃんの好意に甘え、私は少し休憩をとることにした。

交流イベント

夜、あおいちゃんの言っていた通り、中高交流イベントという名の卓球大会が開かれた。

テーブルテニスになったとしても、選手たちは気を抜かない。

その白熱ぶりときたら、すさまじいものがあった。

特に目を引く試合といえば、氷帝の跡部さんと、青学の越前くんの試合だった。

「負けたら坊主になっ…」

(てやる?)と言いかけたところで、氷帝メンバーたちがすかさず跡部さんの宣言を止めに入った様子は、もはやただ事ではなかった。

おそらく、過去に何か因縁があったのだろう。

白石「あの試合はすごかったらしい…」
忍足(謙)「ああ、俺も侑士から聞いたで…」

そんな会話が自然と耳に入る。

試合を見ていると、途中で遠山くんがやってきた。

「ねーちゃん、昨日はおおきに。先生に褒められたで。ちゃんとやって偉かったーって、合宿、がんばりーって」

「よかった~!これで合宿も続けられるね」

「ほんまおおきに。で、またねーちゃんと勉強したいんやけど、ええか?」

すると、後ろから財前くんが顔を出す。

「遠山、宿題は人に頼らず自分でしろ」

「なんや、財前!急に後ろからニュッと現れるらからびっくりしたわ!」

「財前はんが人の会話に割り込むなんて珍しいな」

微笑ましい笑顔で石田先輩も会話に入る。

「師範…桜井は205号室の担当なんで、俺の担当でもあるっちゅーか…。こいつも色々と仕事を抱えてるし、遠山の世話までしてパフォーマンス下がったら、俺も迷惑するんで…」

「なんや!財前のケチーーー!!」

「こーら、金ちゃん。そこまでにしとき。財前の言う通りやで」

白石先輩も登場する。

「宿題は、俺も毎日チェックするから、これからはコツコツやろな。人に迷惑かけたらあかん」

「なんやもー白石まで。ちぇーー」

遠山くんは少し膨れた者の、持ち前の明るさと切り替え力で、また卓球大会の輪に溶け込んでいく。

「桜井さん。財前から聞いたで。昨日、あの後、別に仕事があったんやな。ほんま、苦労をかけてもうて、すまんかった。」

「いえ、私が好きでやったことなので、本当に気にしないでください。私が途中で寝落ちしてしまって、財前くんにも迷惑をかけてしまったんです。」

「財前に?」

「私がパソコン室で寝てるのを探しにきてくれて」

「あいつが?」

「しかも、私がミスして消してしまったデータも復旧までしてくれて。命拾いしました」

「そうやったんや、そこまでは聞いてへんかった。財前も、ええとこあるやん」

そんな話をしていると、遠山くんの明るい声が響き渡る。

「ねーちゃん!!ワイ、試合に勝ったでーーー!!」

「おめでとうー!」

あまりにも無邪気な笑顔に、こちらも笑顔がこぼれる。

「おーきに!次も試合あるから、見ててや!」

「はーい」

「なんや、金ちゃん、すっかり桜井さんになついてもうて。」

「宿題危機を乗り越えた仲ですからね」

財前「…。」

不機嫌そうな財前くんの顔が目をよぎる。

いつものことかな?

こうして、交流イベントは、大盛り上がりで幕を閉じた。

合宿4日目

朝食作りのお手伝い

朝、ロードワークのためにロビーにいると、だいぶ焦っている様子のマネージャー総括スタッフから声をかけられた。

「桜井さん、ちょうどよかった。今、時間ありますか?」

「?…はい」

「実は急を要することでして…。厨房のシェフたちが複数人体調不良を起こしたようで。感染性を疑い、そのシェフたちは大事を取ってもらうことにしたんですが、そうなると厨房スタッフが足りず、朝食の時間に間に合わなくなりそうなんです。桜井さんは、料理はできますか?」

「うーん…家で作る程度なら…」

「よかった…。差支えなければ、朝食の準備を手伝ってもらえませんか?食べ盛りの中高生男子たちが多いので、できれば少しでも調理経験がある子が欲しくて」

「分かりました。真田さんたちに事情を説明したら、すぐ厨房に向かいます」

急ぎロビーに戻ると、私を待っている3人がいた。

「お待たせしてすみません」

「ああ、海堂が誰かと話してる姿を見かけたようだが、何かあったのか?」

「実は…」

私はスタッフから聞いたことを3人に説明し、今から朝食の準備の手伝いに参加する旨を話した。

「なるほど、そういうことか」

「昨日に引き続き、参加できずすみません」

「いや、それは気にするな。それだけお前が多方面で活躍できる有能さがあるということだ。料理なら尚更だ。」

「つぅか…桜井って料理できるん?」

財前くんが鋭くツッコんでくる。

「あぁ、確かにそこは気になった。なんせ、俺たちの口に入るものだからな。」

海堂くんも被せて疑問を投げかけてくる。

「一応、弟や自分のお弁当を作る程度には…」

「…。」

え、何この微妙な空気感。もしや、疑ってる?

「たまに親が仕事で遅くなる時は、私が夕飯を作ってるし、家族も美味しいって言ってくれてますからね!!」

なんだかものすごく言い訳のようになってしまって、妙に恥ずかしい。

「へぇ…」

「分かった」

財前くんと海堂くんは、まだ疑念が晴れないような、そんな微妙な表情をしていたが、納得はしてくれたようだ。

「それは偉いな。では、お前の手料理を楽しみにしている。行ってくるがいい!」

「はい!行ってまいります!」

真田さんの、武士感漂う激励の言葉に気を引き締めて、私は厨房に向かうのだった。

 

厨房にいるのは、出勤できるシェフと2人と、さっき声をかけてくれたスタッフの方。そしてあおいちゃんと私のたった5人だった。

いつもは倍以上の人数で支度をいているのそうなので、スタッフさんが焦っていたのも無理はない。

昼には、病欠となったシェフの代打の方たちがきてくれるとのことで、とりあえず私たちは「朝食」さえ乗り切れば大丈夫そうだ。

「今日は本当にありがとうございます。猫の手も借りたい状態だったので、とても助かります」

シェフの方にお礼を言われる。

「いえいえ、私たちがやれることは頑張って手伝います。何をしたらいいですか?」

「卵焼きとお味噌汁をお任せしてもいいですか?何かわからないことがあれば、すぐに質問して下さい」

一通りの調理器具や材料の場所などを説明してもらい、私はあおいちゃんと共に行動することになった。

ただの仕込みくらいかと思っていたら、2品もまるごと担当するとは思わず、少しだけ驚いたが、それだけ切羽つまっているのだろう。

そこで、あおいちゃんが小さな声で耳打ちしてくる。

「夢さん…私、手伝いにきたのはいいんですけど、実は料理できないんです…補佐はしますので…」

「わかった!大丈夫。じゃあ、あおいちゃんにはお野菜やお豆腐を切ってもらおうかな。その間、私は卵焼きを焼いたり、お味噌汁の出汁をとったりするね」

「ありがとうございます。夢さんに頼りきりになってすみません」

「困ったらシェフも頼っていいって言ってるし、なんとか乗り越えよう!」

「はいっ!」

 

朝7時、朝食の開始時間には何とか間に合い、朝練を終えた選手たちが次々と食堂にやってくる。

「腹減ったー」

「早く食おうぜ」

そんな会話が聞こえてくると、食事の重要性を改めて感じる。

食事やお皿を並べていると、真田さんがやってきた。

「桜井、ご苦労だった。滞りなく終わったようだな」

「最初はどうなることかと思いましたが、なんとか無事に終わりました。後は、お皿やコップを並べたら終われそうです」

「ほう、ならお前も一緒に朝食をとらないか?」

それを聞いていたシェフが

「ここはもう大丈夫だよ、本当にありがとう」

と声をかけてくれた。

「分かりました。準備が出来たら向かいます」

「ああ、待ってるぞ」

あおいちゃんも誘ってみたが、『真田さんがいると緊張で食事の味がしなそう』とのことで、一人で行くことになった。

 

「お疲れ様です」

自分の朝食をよそい、私は真田さんがいるテーブルに座る。

「お疲れ」

「うっす」

財前くんと海堂くんも一緒だ。

「ところで、桜井。このだし巻きは誰が作ったのだろうか?」

「え!?お気に召しませんでしたか!?」

「いや、いつもここのだし巻きはうまいのだが、今日のは特に出汁がより一層きいてて美味いからな」

よかった…文句を言われたらどうしようかと、一瞬ハラハラしてしまった。

「それ、実は私が担当したんです」

朝の財前くんと海堂くんが疑いの眼差しを向けてきたことを思い出し、ちょっと堂々と白状してみた。

「なに!?」

真田さんがとてもいい反応をしてくれる。

「お味噌汁も任されたんですよ」

「え?」

海堂くんが続けていい反応を見せてくれる。

いい反応をするということは、最初に抱かれていた私のイメージは「料理できなそう」だったのだろうか、少し複雑だ。

「うち、お出汁の取り方は母がうるさいんです。だから、小さい頃からよく見てたし、中学生になってからは、家事ができるようにって、徹底的に教えられていたんです」

「ほう、そうか。素晴らしい母上だな。それにしても見事だ、感心したぞ」

真田さんが率直に褒めてくれて、ちょっとくすぐったくなる。

「財前も、そう思うだろう?」

「はい、まぁ…正直、驚きましたね」

ずっとだんまりを続けていた財前くんがようやく口を開く。

「意外と家庭的なんやな…」

これって誉め言葉…だよね?

まさか財前くんにも褒められて、胸の奥がポカポカした。

 

朝食が終わる頃、シェフの方が寄ってきた。

「桜井さん、今日は本当に助かったよ」

「いえ、お役に立ててよかったです」

「まさか中学2年生にして、あんなしっかりと出汁をとれる子がいるとは思わなかったよ。僕たちの助けもほぼ必要なかったしね」

「そんなに褒めていただけて光栄です」

「謙遜しなくていいよ。卵焼きもふんわり巻いてたし、味噌汁の味付けも絶妙で、評判がいいんだよ。将来、君みたいな子がうちの息子の嫁さんになってくれたらって思ったよ」

「!?」

ちょ、ちょっとそのフレーズは今はとても恥ずかしい気がする。

「な、君たちもそう思うだろ?君たちも、奥さんをもらうときは、桜井さんみたいに気立てもよくて、家庭的な子にするんだよ」

「…。」「…。」「…。」

3人とも、微妙に目を背ける。

なんだか気まずい空気感だ。

「は、はい…ご進言いただき、感謝します…。」

真田さんが静寂を破る。

「あ!そうそう、本題を忘れていたよ。白玉ぜんざいを試作したんだが、食べないかな?ちょうど4人分あるからデザートにしないかい?」

財前くんの表情が明らかに緩む。

食べたい旨を伝えると、シェフが白玉ぜんざいを持ってきてくれる。

財前くんはすかさず頬張る。

「もしかして、これ好きなの?」

「え…ま、まぁ…」

私も一口頬張ると、絶妙な甘みと、白玉ももちもち感がたまらない。

「うわぁ。美味しい。やっぱりデザートは別腹!」

「お前も好きなん?」

「うん好き!洋菓子より和菓子派だよ。この料理を作った人は天才だと思う」

「へー。俺もそう思うわ」

「カフェとかでさ、『白玉ぜんざい」あると、テンション上がるもん」

「ふっ…」

「え?財前くん、笑った?」

「いや、笑うてへん。つか今度…」

「うん?」

「あ、いや、なんでもあらへん」

「…?」

財前くんは、何か言いかけて止めた。

とても気になるけど追求するのは身が引けた。

一時はどうなることかと思ったけど、こうして、私たちは朝食を終えた。

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