テニプリの乙女ゲームがなかなかでないので、勝手に乙女ゲーム妄想シナリオ(夢小説)を作成することにしました。
他多数のキャラとの恋話を作り上げることが目標!
主人公の名前は、私が嵐の櫻井くんが好きなのと、夢小説にちなんで【桜井夢】です。
あたたかい目で読んでいただけると嬉しいです。
そこで、運命の彼(財前光くん)と恋仲になっていく話。
【更新情報】
9/16 完結しました!
プロローグ
少し肌寒くなってきた11月。
委員会でお世話になっている【オサム先生】に呼び出された。
「失礼します…」
職員室に入ると、オサム先生が大きく手招きをしている。
「おお、すまんな。」
「いえいえ、ところでご用件は何ですか?」
「ほんまに申し訳ないお願いなんやけど…2週間ほどでええから、俺が顧問をしてるテニス部のマネージャーになってもらいたいんや。」
「マネージャー…?」
委員会の件で呼び出されたと思っていた私は、まさかの話に、しばしフリーズしてしまった。
「まぁ、2週間ほどでいいなら…人手不足ですか?」
「今レギュラーメンバーがU-17代表合宿に参加しとってな。その合宿に、各学校から選手の世話係が必要なんやて。本来ならマネージャーが参加なんやけど、うちにテニス部はマネがおらんからな。そこで、折り入ってお前に頼んどるってわけや」
「な、なるほど…。で、その合宿っていつからなんですか?」
「合宿自体は始まっとるで。マネージャーたちの集合日は3日後や。」
「えっ!?それはまた急な話ですね」
「いや、それがな…俺がすっかり忘れててな。運営側から連絡がきて、こうして焦ってお前に頼んどるってわけや!」
こんな急な話を堂々と言ってのける先生の態度に、若干の戸惑いを覚えつつ、困っていることは確かなことは伝わった。
「合宿中のことは、今の部活の顧問にも相談済みやし、学校は出席扱いになるし、ボランティア活動ということで内申点も上がるで!」
ここまで頼まれると引くに引けないし、内申点が上がるという魅力付きなので、了承することにした。
「分かりました。頑張ってみます」
「よしっ!おおきに!!」
こうして、私は、U-17代表合宿にマネージャーとして参加することになった。
いざ合宿所へ!
本日、いよいよ合宿に参加。
生まれて初めて大阪から東京まで移動。
少し緊張したものの、とても良い体験になった。
「四天宝寺中からのマネージャーさんですね。では、案内します」
合宿所で受付を済ませると、スタッフ専用待機所に案内される。
マネージャーという名目でここにきたけど、テニス部メンバーも知らないし、なんならテニスにも全く詳しくない…。
「なんとかなる!!」
という、オサム先生の軽いノリ発言に騙された気もするが、結局のところ、行くと決めたのは私だし、やるからにはしっかり責務を全うしようと思う。
そんな決意表明をしていた矢先、マネージャーチームの総括責任者が登場。
選手たちのスケジュール、それに伴うマネージャーチームのスケジュール、イベントや今後の予定などについての説明があった。
驚いたのが、選手たちの分刻みのスケジュールだ。
これを同級生や、年齢が1つしか違わない人たちがやるのかと思ったら、それはもう尊敬しかない。
そんな選手たちのコンディションを、最大限に引き出すのが私たちの仕事と言われたら、手に汗握ってしまう…。
担当は205号室
全体ミーティングの後は、自分の担当部屋はどこか発表された。
私の担当は205号室。
次期部長候補の2年生が集まる部屋だと聞かされる。
青春学園の海堂薫くん。
立海大付属の切原赤也くん。
氷帝学園の日吉若くん。
そして、同じ中学校である四天宝寺の財前光くん。
同じ2年生とはいえ、財前君とは面識がない。
気を抜くと、溢れだしそうな【不安】という感情に蓋をして、私は205号室に挨拶に行くことにした。
部屋に向かう途中、206号担当マネージャーの子と話した。
「206号室を担当になった六角中1年の【大野あおい】といいます。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくね。私は205号室担当、四天宝寺2年の【桜井夢】だよ。仲良くしようね。」
「優しそうな先輩がいて、ホットしました。正直…この合宿ちょっと緊張してて…」
「思った…この緊張感、ちょっと重圧感ある!!」
「私…実はマネージャーでもなんでもなくて。先生の『内申点が高くつく』って言葉にまんまとハマってしまって。テニスの知識も何もないのに…」
あおいちゃんは、責任の重さを感じているようで、やや涙目で訴えてくる。
「大丈夫だよ、私もおんなじ理由でここにきた仲間だから。私、マネージャーどころか、テニス部メンバーが誰なのかも分からずここにきたの。」
「そうなんですか!?ただのボランティアじゃすまされない空気感じゃないですか…選手たちのカリキュラムもすごすぎるし…私に務まるのかなって急に不安で…」
「うんうん、分かるよ。私も、全く同じこと思ったよ。ちょっと想像してたよりスケールが大きくて引いちゃったもん」
「やっぱりそうですよね!私、帰ったら先生に文句言ってやる!って思うくらいでしたよ」
「ふふ。それくらいなら許されるよ。」
「参加したからには、頑張ろうとは思いますけど…」
「そうだね、一緒に頑張ろうね」
2人で、閉じ込めてた不安を語り合いながらも意気投合する。
つい盛り上げっていると、後ろから不機嫌な声で注意を受ける。
「お前ら、うるさいぞ」
振り返ると、氷帝学園2年の日吉若君が経っていた。
ちょっとミステリアスで近寄りがたい雰囲気をまとっている。
「ごめんなさい!」
とっさに謝罪してから束の間、一挙に廊下が騒がしくなる。
選手たちが、自分たちの部屋に戻る時間になり、205号室のメンバーもぞろぞろと姿を現す。
部屋の前に立っていた私に声をかけてくれたのは、青学の海堂くんだった。
「俺らになにか用か?」
日吉くんに負けじと、厳格な雰囲気を漂わせる彼。
すると、海堂くんを押しのけるように、立海の切原くんがやってきた。
「なになに!?もしかしてあんたたち、監督たちが言ってた専属マネだったりする?」
「はい。205号室担当になりました、桜井です。」
「へーやっぱり!で、どこ中なわけ?」
「四天宝寺です。」
「四天宝寺って、財前と同中じゃん!おーい!財前、お前と同中のマネだってさ!」
切原くんが財前くんに声をかけてくれる。
「って、財前のやつ、いなくね!?さっきまでそこにいたよな!?」
「財前なら部屋に入ったぞ」
海堂くんが返事をする。
「マジ?いつの間に!?挨拶くらいしろっての」
そういうと、切原君は部屋のドアを開けて、財前くんに声をかける。
「おーい、財前。」
「は?」
「は?じゃねーよ。俺らの専属マネが挨拶きてっぞ。つか、お前と同中の桜井さん。」
「知らんけど」
財前くんは、こちらに見向きもせず、ヘッドホンを耳に当てて、ゴロンとしている。
「は!?んだよ、ったく…なんかごめんな。あ、挨拶が遅れたけど、俺は立海時期部長候補の切原赤也。よろしく!同じ2年だし、楽しくやろうぜ」
「切原、ここは厳かな場所だ。あんまりへらへらすんじゃねえ。」
「んだよ、海堂、お前は恐いし、日吉と財前はノリも悪いからだろ。ま、いいや、おかしな奴ばっかだけどよろしくな。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
205号室への挨拶は、ほぼ切原くんとの会話で終わった。
切原君が明るい人で本当によかったと思った。
緊張の挨拶を終え、私はようやくマネージャー専用の宿舎に戻った。
「夢さん!おかえりなさい!私たち、同じ部屋だったんですね」
宿舎に戻ると、笑顔いっぱいのあおいちゃんが私を出迎えてくれた。
「不安だったけど、なんだか頑張れそうです。ところで、205号室の皆さんはどんな感じでした?」
「うーん…ちょっと3人くらい気難しそうな…」
「え!?まぁ、205号室といえば、次期部長候補の方たちでしたもんね…」
「206号室はどうだったの?」
「1人だけクールな方がいましたけど、あとの3人はとってもフレンドリーな方で、楽しくやっていけそうです」
い、いいな…
「困ったことがあったら、協力して乗り越えましょうね!内申点のために!!」
明るいあおいちゃんに元気が出る。
「あおいちゃんのおかげで元気が出てきた」
「よかったです!とりあえず、今日は早めに寝ましょうか。明日も早いですし」
「うん、そうしよう」
私たちは、急いで寝る支度をし、明日からの合宿に備えて英気を養うことにした。
こうして、合宿初日は幕を閉じた。
合宿1日目
今日から本格的に練習現場に参加する。
まだ日が昇らない頃に起床して、乾布摩擦やロードワークをする選手たちもいるそうだ。
205号室の海堂くんもその一人。
立海副主将の真田さんと、朝からトレーニングをしているようだ。
午前の練習がスタートする前に、私たちも朝食等を終わらせ、本日のスケジュールに沿って準備を開始する。
練習がはじまったら、担当選手のスコアなどをメモし、随時データ入力をする作業が待っている。
私たちが集めたデータを元に、コーチや監督たちが分析を行い、各個人にとって、より効率的な練習メニューを組み立てていくというので、私たちの責任もとても重大なのだ。
四天宝寺中テニス部
朝食会場につくと、既に何人かは食事をしていた。
昨日、あまり挨拶できなかったメンバーと話したいけど…
そう思っていると、私に向かって大きく手を振る人物が2人ほど見える。
メガネをかけた坊主頭の人と、バンダナをつけた人。
私ではなく、後ろに誰かいるのかと思い振り返るが、誰もいない。
「あなたよ~!」
と声をかけられ、ようやく自分だと気付く。
独特の雰囲気に、ちょっと緊張しながらも近づく。
「ごめんなさいねー!お呼びたてして!あなた、もしかして四天宝寺中からきてくれた子?」
「はい、そうです」
「オサムちゃんから聞いてて~ん。なかなか声かけられんくてごめんな~!私、四天宝寺中3年の金色小春やで♪で、こっちは私の相方の一氏ユウジよ。」
「先輩方だったんですね!」
「どんな子がきてんやろ~?って噂しとったんよ。ま、ここに座り」
小春先輩が、トントンと椅子の上を叩いて誘導する。
「では、遠慮なく」
「で、名前はなんていうの?私のことは小春ちゃんって呼んでええで」
「いえ、小春先輩と呼ばせていただきます。私は、2年の桜井夢です」
「てことは、財前と同じやん。」
ユウジ先輩がすかさず財前くんに話題をふる。
いつの間にか、財前君も来ていたんだ。
「はぁ…」
そっけない返事の財前くんの態度にヒヤリとする。
「なんや、コミュ力0な男やな、ほんまに!話を広げろ財前。思春期男子か!」
「先輩ら、うざいっすわ…」
「夢ちゃんと財前くんは、クラスは同じになったことないん?」
「ないですね…」
「あら!そうやったのね」
小春先輩とユウジ先輩と話していると、続々と他の四天宝寺中のテニス部メンバーが現れた。
「もしかしてこちらのお嬢さんは?」
部長の白石先輩だ。
「四天宝寺からきてくれた2年の夢ちゃんやて!」
「ほんま!おおきに。遠い中、大変やったやろ。あ、俺は四天宝寺テニス部部長の白石蔵ノ介や。よろしゅう」
「よろしくお願いします」
優しい声がけが身に染みる。
「オサムちゃんから連絡きとったけど、この子やったんやな!俺は3年の忍足謙也や。よろしゅうな。2年ちゅうことは、財前と同級生やんな?」
忍足先輩が、再度、財前君に話をふる。
「まぁ…」
またしても冷めた反応だ。
「ん?そもそも桜井さん、財前の部屋担当やなかった?205号室って聞いたような?」
「はい、そうなんです」
「ん?てことは財前!ちゃんとマネージャーとコミュニケーションとった方がええんとちゃう!?」
「そんな必要、あります?」
「は!?なんやこの子!反抗期すぎん!?お前、マネージャーに自己紹介もしてないんちゃう!?」
「ケンヤさん、朝からうっさいっすわ…」
「はは…かんにんな、桜井さん。あいつ、ちょっと難しいとこあんねん。でも、悪い奴やないから安心してな。もし困ったことがあったら、いつでも俺に相談してな。」
「ありがとうございます。」
正直、財前くんは、私の中で
とってもそっけない気難しい人
という部類になってしまっていたので、四天宝寺の先輩方の助け舟はとても心強い。
「ホンマも~あいつは愛想がないわ。財前、マネージャーに迷惑かけんなよ!」
そういうと、忍足先輩は財前くんの頭をくしゃくしゃにする。
「はぁ、もうなんなんすか…ケンヤさんと一緒にしないで下さいよ」
迷惑そうにしながらも、忍足先輩からの絡みをそこまで嫌がってなさそうな姿を見て、「悪い奴ではない」という言葉が腑に落ちる。
徐々に打ち解けて行けたらいいな。
そう心の中で呟いて、私はその場を後にした。
練習スタート
205号室4人の午前練習は、サーブ強化メニューだった。
担当マネージャーは、各々の選手のスコアを記録することも仕事だ。
このデータを元に、選手たちの弱点を補ったり、強みを最大限に生かす練習方法が組み立てられるので、責任は重大だ。
4人のサーブ練習が始まり、私はコーチ陣に教わった通り、スコアを入力していく。
他の部屋の選手もいるので、必死に四人だけを追い続けるのも、かなりの集中力が必要になる。
やっと一つ目の練習メニューが終わったと思ったら、隣のコートに移動し、すぐに2つ目の練習メニューが開始される。
「ただスコアを記録していけばいいよ」と記録する時のコツなどを、ツンツン頭の眼鏡の人に教わったけど、選手たちの打つボールが速すぎて、最初は慣れることに必死だった。
選手たちはものすごい集中力で、次々と高スコアを更新していく。
さすが全国区の選手たちだと、感嘆するばかりだった。
そんな中、財前くんも、涼しい顔で高スコアを更新していく。
休憩時間、私はすかさず4人にタオルとドリンクを用意する。
切原君以外の無言だった3人とも、徐々に会話をするようになった。
日吉「おい、マネージャー。今のはどうだった?」
海堂「次はあっちのコートに移動だ。モタモタするな。」
交わす言葉は少ないけど、夕方になるくらいには、私をマネージャーとして扱ってくれている感覚に、少しの喜びを覚えた。
「財前君、お疲れ様です」
ドリンクとタオルを差し出す。
「あ、おおきに。…つか、あんた、さっきから靴紐ほどけてる」
「え!?」
私は急いで靴紐を結びなおす。
「気を付けないとケガするで」
会話は少ないけど、少しだけ財前くんとの距離が1ミリくらい縮まった気がした、夕暮れの出来事だった。
合宿2日目
朝活スタート
今日は早起きして、ロードワークに出るという海堂くんをサポートする予定だ。
というのは、海堂くんの長距離走スコアを記録して欲しいと、青学の乾さんに頼まれたのだ。
「おはようございます」
ロビーで海堂くんを待っていると、立海の真田さんが現れた。
「おお、早いな。お前もロードワークをするのか?」
「いえ、私は海堂くんのタイムを測定しようと思いまして」
「なるほど、そういうことか。もしよければ、俺のタイムも計ってくれないだろうか?」
「はい、いいですよ」
「恩に着る。噂をすれば、海堂もきたぞ」
「おはようございます」
「おはよう。よし、揃ったし、行くか」
2日目の朝は、真田さんをはじめ、朝活組の選手たちとも、少し交流することができた。
「夢ちゃ~ん!2日目にして、ここの生活にもだいぶ慣れてきたんやない?」
午前練習を終え、食堂に向かう途中、小春先輩から話しかけられる。
「昨日よりはだいぶコツがつかめてきました。ボールも見えるようになってきました」
「へー!お前、適応能力、早いな。テニス素人なのに、頑張ってて偉いわ」
ユウジ先輩が褒めてくれる。
そんな会話をしていると、向こうから真田さんの姿が見える。
「桜井、今日の朝は助かった。礼を言う。また明日からもよろしく頼む」
「いえ、お役に立ててよかったです」
「え!?弦ちゃんといつの間に仲良くなったの!?」
小春先輩がものすごい勢いで食いついてきた。
「仲良くなったといういうか…海堂くんの朝のロードワークについていったら、真田さんもいて。真田さんの記録もとらせてもらってます」
「ええ~~!!素敵~!!弦ちゃんストイックやわ~私もついていこうかしら!」
「小春、死なすど」
財前くんと話そう~学校の話題~
練習の合間、少しだけ財前くんに話しかけてみる。
「財前くん」
「なんすか?」
「財前くんって何組なの?」
「7組」
「そうだったんだ。ちなみに私は3組だよ。7組って、同じクラスに山田くんっていない?」
「ああ、そう言われたらいるかも」
「山田君ね、1年生の時に同じクラスだったんだけど、お笑い芸人目指してるってだけあって、結構おもしろい人じゃない?」
「んー………あんま喋らんから分からん」
「そうなんだ…」
…会話が広がらない…。
「用事があるから、俺行っていいっすか?」
「え!あ、うん。引き留めてごめんね」
うーーん…財前くんと普通に会話できる日はくるのだろうか…
やる気がない?
日吉「おい、マネージャー。今日の記録を確認させてくれ」
切原「あ、俺も!」
日吉くんと、切原君、そして海堂くんが私が持っているタブレットを確認しにくる。
3人とは、この二日の間によく会話もするようになった。
同級生ということもあり、たまに召使いや執事のような扱いをされるようなこともあるけど、まぁお役に立ててるなら、それも仕事の一環と割り切っている。
「あれ、財前くんは?」
毎度、記録を確認しにくる3人に対し、全く自分のスコアに興味を示さないのが財前くんだ。
切原「あいつなら、もう昼飯食べに行ったんじゃね?」
日吉「財前はもともと、この合宿も1度断っていたようだし、そこまで気乗りしていないのかもな」
まさか一度お断りしていたとは初耳だった。
後で、財前くんに、今日の報告をしにいってみよう。
午後練が終わり、私は財前君に彼の今日の成果を伝えにいくことにした。
「財前君、ちょっといいかな?」
「またあんたか…」
うっ…悪意はなさそうだけど、その言い方はいささかキツい…
「財前くんだけ、自分のスコア見てなかったから報告しようと思って」
「あー…別にあんま興味ないから」
「え!でも、財前くん、練習すごく頑張ってるし、イイ感じに成果も伸びてるんだよ。」
「…。」
「あ、コーチからのアドバイスも書かれてたよ!明日からの参考になるんじゃないかな?」
「…。なら見てみようかな」
ようやくイエスと言ってくれて安堵する。
相変わらず表情はピクリとも動かないけれど、見てくれただけでもよかったかも。
「ざーいぜん!」
タブレットを渡すと同時に、後ろから明るい声が聞こえてきた。忍足先輩だ。
「お!自分の記録を見とるんやな。ようやくやる気が出てきたな。ええ子ええ子。」
「ケンヤさん、うっさいっすわ。重いから肩に腕おかないでくれます?」
「へー、お前、ここの弱点、克服してきとるやん!」
「あ、ほんまや…」
タブレットを見ながら、2人が語りだす。
「つうか、マネージャー、ごっつ細かく計測してくれとるし、コメントも細かっ!桜井、ほんま感謝やで。財前も礼、言っとき。」
「…。おおきに…」
「声ちっさ!ところで桜井、素人なのに着眼点がすばらしいというか、どっかで教わったん?」
「それは、乾さんと柳さんに教えてもらったんです。毎回、次回はどんなところに着目すればいいかとか、フィードバックをもらってます」
「なるほどな!ほんま大したもんや。合宿が終わったら、四天宝寺のマネージャーになってほしいくらいや。財前も、桜井を見習ってもっとやる気を表に出してみ!」
「俺、そもそも合宿くる予定やなかったし。ユウジ先輩のせいで巻き込まれただけやし」
「ほんまもー、この子はハングリーさに欠けるっちゅーか…。桜井も、財前の扱いは大変やと思うけど、どうか見捨てず、よろしゅー頼むで。なんだかんだで、かわいい後輩やし、次期部長やからな。」
2人のやり取りがとても微笑ましくて、つい笑ってしまう。
「見捨てたりなんかしませんよ。合宿にいる間は、嫌でもくっついていきますからね!」
「…。」
「…。」
微妙な空気感が流れる。ん?
「な、なんや、嫌でもくっついていくって、女子に言われると照れるな。はは!な、財前!」
「いや、俺に振らないで下さいよ」
「私、今おかしなこと言いました!?」
「いやいや、こちらが勝手に考えすぎたっちゅーか。そんなかわいい笑顔で、そんなこと言われたら、ドキッとしてまうわ。な、財前!」
「いや、だからなんで俺に振るんすか」
「ほな、俺はここらで部屋に戻ろうかな。ほな、またな!」
忍足先輩が颯爽と駆けていく。
「おおきに。これ、見たから返すわ」
財前くんがタブレットを差し出す。
「あ、うん!また情報が更新されたら報告に行くね」
「あー…うん。分かった」
忍足先輩の登場のおかげで、財前くんの雰囲気も少し緩んだような気がする。
明日からも報告しに行ってOKの返事ももらえたし、少しずつだけど距離が縮まった気がする。
明日からも頑張ろう。
合宿3日目
真田さんに捕まる財前くん
早朝、今日も海堂君と真田さんとロードワークの約束をしている。
「桜井、おはよう。早いな」
真田さんが現れる。
その後ろに、別の人陰がある。
海堂くんかと思いきや、なんとそこには財前くんの姿があった。
「廊下で会ってな。せっかくだから、一緒に乾布摩擦をしようと誘ってきた。」
「おはようございます。」
そこに海堂くんも現れる。
「海堂、おはよう!きたか!」
朝からハッキリとした物言いの真田さんに対し、財前くんは明らかに不機嫌オーラ?というより、哀愁が漂っている。
「財前くん、おはよう。今日は一体どうして…?」
こそっと話しかけてみると、
「はよ目が覚めてしもて、眠れんからちょっと散歩しよ思うて廊下にいたら、捕まった…」
「な、なるほど…」
「スルーしようとしたし、何度も断ったんやけど、無理やった…」
真田さんに、半ば強制的に連れてこられた財前くんは、死んだ魚のような目をしていて、それがとても印象に残った朝だった。
「今日はロードワークの前に乾布摩擦を行う!2人とも、上着を脱げ!タオルは、俺が用意したのを使うがいい。」
「パス…」
財前くんが小さく呟く。
「ん?何か言ったか?ほら財前、さっさとしないか」
しぶる財前くんの隣で、海堂くんは、真田さんに言われたことをテキパキとこなしている。
きっとストイック同士、とても波長が合うのだろう…
財前くんはついに観念したようで、渋々と乾布摩擦の準備を始める。
「真田さん、乾布摩擦が終わったら呼んでくれますか?私、あちらで待機しています」
「ん?別にいてもいいぞ」
「あ、いえ、さすがにそういうわけには…」
真田さんも、さすがに悟ったのか
「あ、あぁ…すまない、配慮が足りなかった。うむ、分かった。終わったら知らせよう。」
財前くんの切なそうな横顔をちらっと拝み、私はその場を後にした。
乾布摩擦が終わり、真田さんに声をかけられる。
「桜井、すまなかった。では、ロードワークに行くとしよう」
「3人ともお疲れ様です。」
準備していたドリンクを渡す。
「感謝する」
「ありがとっす」
財前くんにもドリンクを手渡すと、目で何かを訴えてくるようだった。
「お疲れ様です」
そう声をかけると、
「最悪っすわ…」
乾布摩擦は体にいいことではあるけど、財前くんの性に合わなかったようで、だいぶげんなりしていた。
さすがの財前くんも、真田さんには逆らえないかぁ…
トラブル
本日も全ての練習が終わり、今日は選手たちのデータ入力をする日になっていた。
普段の報告書とは違い、ちょっと骨が折れそうな細かいデータ入力だ。
パソコン作業は、学校での授業でもあるので少しはできるが、実はちょっと苦手だ。
でも、苦手だと言って逃げるわけにはいかないので、頑張るしかない。
そう思いながらパソコン室に向かうと、四天宝寺1年の遠山金太郎くんに出会った。
いつも天真爛漫な遠山くんが、今日はなんだか暗い様子だ。
「遠山くん、どうしたの?何かあった?」
「あ、ねーちゃん…」
「どこか具合でも悪いの?医務室に行く?」
「宿題が…」
言いにくそうにゴモゴモしている。
すると、そこに白石先輩が現れた。
「探したで、金ちゃん!急におらんくなって」
「ひ!し、白石…」
心なしか、なんだか怯えているように見える。
「金ちゃん、はよ宿題、見せてみ?」
「…。」
「毒手かなぁ…」
白石先輩が、巻いていた包帯をほどきかける。
「イヤやぁ!!それだけは勘弁してぇなー!!もう逃げへんから!!」
「ほんまに?」
「ほんまや!ほんま!」
「あの、何があったんでしょうか?」
事の真相が知りたくて、質問をしてみる。
「金ちゃん、宿題の提出が明日の朝までやねん。今まで口を酸っぱくして言ってたんやけど、これが全然手をつけてへんかったって話や。」
「あら…そうだったんですね…」
「学校にいない分、宿題の提出は必須でな。提出せんかったら、合宿は中断して学校に強制帰還や。やってる言うとったから信じとったけど。」
「宿題開いたら眠くなるんや~やろうとはしてたんやで~」
必至に訴える遠山くんが、なんだか不憫に覚えてしまう。
「よし!遠山くん、私が手伝うから、絶対に終わらせよう!」
「ねーちゃん、ほんまにええの?」
「うん!遠山くんは日本代表に絶対に必要な選手だし、宿題が原因で合宿が終わっちゃうなんてもったいないでしょ。」
「ねーちゃん、おおきに!わい、今日は絶対に頑張るで」
「桜井さん、ほんまおおきに。俺も、自分の課題が終わり次第、そっちに合流するわ」
「ありがとうございます。じゃあ、遠山くん、夕食とお風呂を早めに済ませて、自習室に集合ね!」
「おおきにー!!」
遠山くんに明るい笑顔が戻る。
私はといえば、パソコンへのデータ入力が気になるところだが、今は遠山くんの宿題が先決。
データ入力は、遠山君の宿題が終わってから頑張ろう。
夕食後、私と遠山くんは、自習室で山盛りの宿題とにらめっこをしていた。
私は、遠山くんにヒントを出していき、遠山くんは唸りながらも頑張っていた。
最初から今まで溜め込んできたと思われる膨大なる宿題の量に、最初はどうなることかと思ったが、テニスで培ってきた集中力が功を奏し、遠山くんはなんとか宿題を終わらせることができた。
「ねーちゃん、おおきに」
「桜井さん、ほんまにありがとう」
後から合流した白石先輩も、ホッと胸をなでおろす。
気付けば夜も12時を回っていることに気づく。
「2人とも、早く寝て下さい!もう夜中の12時をまわってます。明日もハードな練習ですよ!」
「わ!ほんまや。桜井さん、ほんまありがとう!ほら、金ちゃん、はよ帰るで」
2人と別れた後、私は大急ぎでパソコン室に向かうのだった。
パソコン室は、さすがにもう誰もいなくなっていた。
「だよね~…」
一人寂しくパソコンの電源を起動する。
朝の4時から起きていたので、さすがに瞼が重い。
夢の中に入りそうになるのを必死に堪える。
報告書を打ち終わる頃には、時計は夜中の2時を回っていた。
「うぅ…さすがに限界…」
あとは、報告書フォルダをコーチ陣たちのフォルダに移す作業だけだというのに、頭が全く回らない。
現実なのか夢なのか分からないほどに、私は睡魔に抗えなかった…
「…い!桜井!!」
遠くから、私の名前を呼ぶ声がする。
「あと、10分だけ…」
「おいおい、風邪ひくで」
ん?聞き覚えのある声?もしかして?
慌てて飛び起きると、目の前には財前くんが立っていた。
「え!?なんで財前くんがいるの!?」
「なんでって、お前、ロードワークの時間になっても来ぉへんし。時間を守るお前が来ないなんておかしいってなって。真田さんと海堂とお前の部屋に行ったら、昨日から部屋に戻ってないって言うから、合宿所中、探し回っとったんや。」
「嘘!!私、寝てたんだ…」
「パソコンしたまま、寝落ちしてもうたみたいやな」
「真田さんと海堂には連絡したから、お前は時間まで部屋で休め。つか、なんでこんなとこで寝落ちしたん?」
「昨日は遠山くんの宿題を手伝ってて、終わったのが12時で。そこからここで自分の仕事をしてたらいつの間にか2時で…そこから記憶が…」
「あー、そういうことか」
「で、その『仕事』ってやつは終わったん?」
「あ、うん!それは大丈夫。あとはコーチ陣たちのフォルダに移すだけ…」
パソコンに目をやると、昨日記録したはずのフォルダが見当たらない。
どうしよう…
血の気が引いて冷汗が出てくる…。
「どうしたん?真っ青な顔して」
「昨日の記録が…丸ごと無くて…」
「は?」
「どうしよう…寝てる間に消してしまったんだ…」
自分が不甲斐なくて辛い。
「はぁ…ちょっと貸してみ」
そう言うと、財前くんは、パソコンを操作しだす。
それはもうプロ並みに手慣れた手つきだ。
5分も経たない頃、
「お前が書いてた記録ってこれ?」
覗き込むと、確かにそこには私が寝ぼけ眼で作成した記録がある。
「うん!それ!!」
「はぁ…寝ぼけてフォルダごと、消去してたわ。幸い、バックアップがとれてたから、復旧しといたわ。ついでにフォルダに入れといたで」
「ありがとう…」
嬉しさのあまり、全身の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
昨日からの疲れも相まってか、私の涙腺はゆるゆるで、自分の意志では止められないほどの涙が頬をつたっていた。
「おい、なに泣いとんねん…」
「だって…これって財前くんがいなかったら、今頃、私、どうなってたか…」
「大げさやって。まぁ、でも、俺がいてよかったのは事実やな。つか、ほら、涙 拭きや」
そう言うと、さりげなくハンカチを差し出してくれる。
「まぁ、また困ったことがあったら、俺を頼ってくれていいから」
「え?」
「…。まぁ、とりあえず、お前は時間まで少しゆっくりしろってこと」
そう言い残すと、財前くんはパソコン室を後にした。
本当は優しい人なんだと、心からそう思った。
「夢さん、心配しましたよ!」
部屋に戻ると、同じ部屋のあおいちゃんがとびつくように迎えてくれた。
「ごめんね、昨日、パソコン室で寝落ちしちゃってたみたい」
「朝の4時すぎに、真田さんが訪ねてきてびっくりしちゃって。ベッドを確認したら、夢さんがいないから焦りました。オロオロしてるところに、財前さんから連絡が入ったんです。」
そうだったんだ…真田さんたちにもだいぶ迷惑をかけてしまっていたみたい。
後でお礼を言いにいこう。
「夢さん、あんまり無理したらダメですよ。私たち、一応女子だし、ここにいる選手たちにフルで付き合う体力は持ち合わせてないですからね!」
確かに、あおいちゃんの言うとおりだ…
「夢さんは、しばらく寝て下さい。朝のマネージャー業務は、私がなんとか説明しておきますから。午後からまた練習だし、夜は『交流イベント』をするってさっき連絡がきてました」
「交流イベント?」
「親睦を深める目的みたいです。世界に通用するには、テニスだけでなく、仲間内のコミュニケーションも大事だからって、柳さんが言ってました」
「なるほど、確かに」
「練習が始まる時間になったら、私が起こしに来ますので。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう、じゃあ、少し休ませてもらおうかな」
あおいちゃんの好意に甘え、私は少し休憩をとることにした。
交流イベント
夜、あおいちゃんの言っていた通り、中高交流イベントという名の卓球大会が開かれた。
テーブルテニスになったとしても、選手たちは気を抜かない。
その白熱ぶりときたら、すさまじいものがあった。
特に目を引く試合といえば、氷帝の跡部さんと、青学の越前くんの試合だった。
「負けたら坊主になっ…」
(てやる?)と言いかけたところで、氷帝メンバーたちがすかさず跡部さんの宣言を止めに入った様子は、もはやただ事ではなかった。
おそらく、過去に何か因縁があったのだろう。
白石「あの試合はすごかったらしい…」
謙也「ああ、俺も侑士から聞いたで…」
そんな会話が自然と耳に入る。
試合を見ていると、途中で遠山くんがやってきた。
「ねーちゃん、昨日はおおきに。先生に褒められたで。ちゃんとやって偉かったーって、合宿、がんばりーって」
「よかった~!これで合宿も続けられるね」
「ほんまおおきに。で、またねーちゃんと勉強したいんやけど、ええか?」
すると、後ろから財前くんが顔を出す。
「遠山、宿題は人に頼らず自分でしろ」
「なんや、財前!急に後ろからニュッと現れてびっくりしたわ!」
「財前はんが人の会話に割り込むなんて珍しいな」
微笑ましい笑顔で石田先輩も会話に入る。
「師範…桜井は205号室の担当なんで、俺の担当でもあるっちゅーか…。こいつも色々と仕事を抱えてるし、遠山の世話までしてパフォーマンス下がったら、俺も迷惑するんで…」
「なんや!財前のケチーーー!!」
「こーら、金ちゃん。そこまでにしとき。財前の言う通りやで」
白石先輩も登場する。
「宿題は、俺も毎日チェックするから、これからはコツコツやろな。人に迷惑かけたらあかん」
「なんやもー白石まで。ちぇーー」
遠山くんは少し膨れたものの、持ち前の明るさと切り替え力で、また卓球大会の輪に溶け込んでいく。
「桜井さん。財前から聞いたで。昨日、あの後、別に仕事があったんやな。ほんま、苦労をかけてもうて、すまんかった。」
「いえ、私が好きでやったことなので、本当に気にしないでください。私が途中で寝落ちしてしまって、財前くんにも迷惑をかけてしまったんです。」
「財前に?」
「私がパソコン室で寝てるのを探しにきてくれて」
「あいつが?」
「しかも、私がミスして消してしまったデータも復旧までしてくれて。命拾いしました」
「そうやったんや、そこまでは聞いてへんかった。財前も、ええとこあるやん」
そんな話をしていると、遠山くんの明るい声が響き渡る。
「ねーちゃん!!ワイ、試合に勝ったでーーー!!」
「おめでとうー!」
あまりにも無邪気な笑顔に、こちらも笑顔がこぼれる。
「おーきに!次も試合あるから、見ててや!」
「はーい」
「なんや、金ちゃん、すっかり桜井さんになついてもうて。」
「宿題危機を乗り越えた仲ですからね」
財前「…。」
?なんだか少し不機嫌そうな財前くんの顔が視界に入る。
いつものことかな?
こうして、交流イベントは、大盛り上がりで幕を閉じた。
合宿4日目
朝食作りのお手伝い
朝、ロードワークのためにロビーにいると、だいぶ焦っている様子のマネージャー総括スタッフから声をかけられた。
「桜井さん、ちょうどよかった。今、時間ありますか?」
「?…はい」
「実は急を要することでして…。厨房のシェフたちが複数人、体調不良を起こしたようで。感染性を疑い、そのシェフたちは大事を取ってもらうことにしたんですが、そうなると厨房スタッフが足りず、朝食の時間に間に合わなくなりそうなんです。桜井さんは、料理はできますか?」
「うーん…家で作る程度なら…」
「よかった…。差支えなければ、朝食の準備を手伝ってもらえませんか?食べ盛りの中高生男子たちが多いので、できれば少しでも調理経験がある子が欲しくて」
「分かりました。真田さんたちに事情を説明したら、すぐ厨房に向かいます」
急ぎロビーに戻ると、私を待っている3人がいた。
「お待たせしてすみません」
「ああ、海堂が誰かと話してる姿を見かけたようだが、何かあったのか?」
「実は…」
私はスタッフから聞いたことを3人に説明し、今から朝食の準備の手伝いに参加する旨を話した。
「なるほど、そういうことか」
「昨日に引き続き、参加できずすみません」
「いや、それは気にするな。それだけお前が多方面で活躍できる有能さがあるということだ。料理なら尚更だ。」
「つぅか…桜井って料理できるん?」
財前くんが鋭くツッコんでくる。
「あぁ、確かにそこは気になった。なんせ、俺たちの口に入るものだからな。」
海堂くんも被せて疑問を投げかけてくる。
「一応、弟や自分のお弁当を作る程度には…」
「…。」
え、何この微妙な空気感。もしや、疑ってる?
「たまに親が仕事で遅くなる時は、私が夕飯を作ってるし、家族も美味しいって言ってくれますからね!!」
声高に主張してしまったが、ものすごく言い訳のようになってしまって、妙に恥ずかしい。
「へぇ…」
「分かった」
財前くんと海堂くんは、まだ疑念が晴れないような、そんな微妙な表情をしていたが、納得はしてくれたようだ。
「それは偉いな。では、お前の手料理を楽しみにしている。行ってくるがいい!」
「はい!行ってまいります!」
真田さんの、武士感漂う激励の言葉に気を引き締めて、私は厨房に向かうのだった。
厨房にいるのは、出勤できるシェフと2人と、さっき声をかけてくれたスタッフの方。そしてあおいちゃんと私のたった5人だった。
いつもは倍以上の人数で支度をいているのそうなので、スタッフさんが焦っていたのも無理はない。
昼には、病欠となったシェフの代打の方たちがきてくれるとのことで、とりあえず私たちは「朝食」さえ乗り切れば大丈夫そうだ。
「今日は本当にありがとうございます。猫の手も借りたい状態だったので、とても助かります」
シェフの方にお礼を言われる。
「いえいえ、私たちがやれることは頑張って手伝います。何をしたらいいですか?」
「卵焼きとお味噌汁をお任せしてもいいですか?何かわからないことがあれば、すぐに質問して下さい」
一通りの調理器具や材料の場所などを説明してもらい、私はあおいちゃんと共に行動することになった。
ただの仕込みくらいかと思っていたら、2品もまるごと担当するとは思わず、少しだけ驚いたが、それだけ切羽つまっているのだろう。
そこで、あおいちゃんが小さな声で耳打ちしてくる。
「夢さん…私、手伝いにきたのはいいんですけど、実は料理できないんです…補佐はしますので…」
「わかった!大丈夫。じゃあ、あおいちゃんにはお野菜やお豆腐を切ってもらおうかな。その間、私は卵焼きを焼いたり、お味噌汁の出汁をとったりするね」
「ありがとうございます。夢さんに頼りきりになってすみません」
「困ったらシェフも頼っていいって言ってるし、なんとか乗り越えよう!」
「はいっ!」
朝7時、朝食の開始時間には何とか間に合い、朝練を終えた選手たちが次々と食堂にやってくる。
「腹減ったー」
「早く食おうぜ」
そんな会話が聞こえてくると、食事の重要性を改めて感じる。
食事やお皿を並べていると、真田さんがやってきた。
「桜井、ご苦労だった。滞りなく終わったようだな」
「最初はどうなることかと思いましたが、なんとか無事に終わりました。後は、お皿やコップを並べたら終われそうです」
「ほう、ならお前も一緒に朝食をとらないか?」
それを聞いていたシェフが
「ここはもう大丈夫だよ、本当にありがとう」
と声をかけてくれた。
「分かりました。準備が出来たら向かいます」
「ああ、待ってるぞ」
あおいちゃんも誘ってみたが、『真田さんがいると緊張で食事の味がしなそう』とのことで、一人で行くことになった。
「お疲れ様です」
自分の朝食をよそい、私は真田さんがいるテーブルに座る。
「お疲れ」
「うっす」
財前くんと海堂くんも一緒だ。
「ところで、桜井。このだし巻きは誰が作ったのだろうか?」
「え!?お気に召しませんでしたか!?」
「いや、いつもここのだし巻きはうまいのだが、今日のは特に出汁がより一層きいてて美味いからな」
よかった…文句を言われたらどうしようかと、一瞬ハラハラしてしまった。
「それ、実は私が担当したんです」
朝の財前くんと海堂くんが疑いの眼差しを向けてきたことを思い出し、ちょっと堂々と白状してみた。
「なに!?」
真田さんがとてもいい反応をしてくれる。
「お味噌汁も任されたんですよ」
「え?」
海堂くんが続けていい反応を見せてくれる。
いい反応をするということは、最初に抱かれていた私のイメージは「料理できなそう」だったのだろうか、少し複雑だ。
「うち、お出汁の取り方は母がうるさいんです。だから、小さい頃からよく見てたし、中学生になってからは、家事ができるようにって、徹底的に教えられていたんです」
「ほう、そうか。素晴らしい母上だな。それにしても見事だ、感心したぞ」
真田さんが率直に褒めてくれて、ちょっとくすぐったくなる。
「財前も、そう思うだろう?」
「はい、まぁ…正直、驚きましたね」
ずっとだんまりを続けていた財前くんがようやく口を開く。
「意外と家庭的なんやな…」
これって誉め言葉…だよね?
まさか財前くんにも褒められて、胸の奥がポカポカした。
朝食が終わる頃、シェフが寄ってきた。
「桜井さん、今日は本当に助かったよ」
「いえ、お役に立ててよかったです」
「まさか中学2年生にして、あんなしっかりと出汁をとれる子がいるとは思わなかったよ。僕たちの助けもほぼ必要なかったしね」
「そんなに褒めていただけて光栄です」
「謙遜しなくていいよ。卵焼きもふんわり巻いてたし、味噌汁の味付けも絶妙で、評判がいいんだよ。将来、君みたいな子がうちの息子の嫁さんになってくれたらって思ったよ」
「!?」
ちょ、ちょっとそのフレーズは今はとても恥ずかしい気がする。
「な、君たちもそう思うだろ?君たちも、奥さんをもらうときは、桜井さんみたいに気立てもよくて、家庭的な子にするんだよ」
「…。」「…。」「…。」
3人とも、微妙に目を背ける。
なんだか気まずい空気感だ。
「は、はい…ご進言いただき、感謝します…。」
真田さんが静寂を破る。
「あ!そうそう、本題を忘れていたよ。白玉ぜんざいを試作したんだが、食べないかな?ちょうど4人分あるからデザートにしないかい?」
財前くんの表情が明らかに緩む。
食べたい旨を伝えると、シェフが白玉ぜんざいを持ってきてくれる。
財前くんはすかさず頬張る。
「もしかして、これ好きなの?」
「え…ま、まぁ…」
私も一口頬張ると、絶妙な甘みと、白玉ももちもち感がたまらない。
「うわぁ。美味しい。やっぱりデザートは別腹!」
「お前も好きなん?」
「うん好き!洋菓子より和菓子派だよ。この料理を作った人は天才だと思う」
「へー。俺もそう思うわ」
「カフェとかでさ、『白玉ぜんざい」あると、テンション上がるもん」
「ふっ…」
「え?財前くん、笑った?」
「いや、笑うてへん。つか今度…」
「うん?」
「あ、いや、なんでもあらへん」
「…?」
財前くんは、何か言いかけて止めた。
とても気になるけど追求するのは身が引けた。
一時はどうなることかと思ったけど、こうして、私たちは朝食を終えた。
合宿初めての休暇日
商店街ぶらり旅
本日は日曜日。選手も私たちマネージャーもお休みを楽しむ日だ。
近くの商店街にでも行ってみようかな。
合宿所の外に出る機会は、買い出し担当時以外はないので、休日になったら一度ゆっくり訪れてみたいと、前々から思っていた。
あおいちゃんは、別の用事があるとのことで、一人で出かけることにした。
朝食をとり、着替えを済ませると、早速私は最寄りのバス停まで歩く。
合宿所周りは自然が多く、木々たちが放つマイナスイオンはとても心地いい。
バス停前のベンチに座り、誰もいないことを確かめた後、目を閉じて体全体で自然を感じる時間を楽しんだ。
「気持ちいい~最高!!」
少し大きな声を発しつつ、大きく伸びをしながら深呼吸をする。
「そらよかったわ」
!!!?
一人で思い切り自然を堪能していたはずなのに、どこからともなく声が聞こえた。
見られた!?すかさずあたりを見回す。
すると、すぐそこに呆れ顔の財前くんが立っていた。
「財前君、いつからいた!?私、誰もいないことを確認したはずなのに」
「今やけど」
「もしかして、見た!?」
「まぁ、目に入るとこにおったし」
「もう!もっと物音立ててよ!忍者みたいにするのナシ!」
「いやいや、そんなん言われても…」
「うぅ…恥ずかしい…」
「いや、別にええんちゃう。自然を堪能するのはええことやろ」
そう言うと、財前くんが思い出し笑いかのようにフッと笑みをこぼす。
「笑ってるじゃん…」
「いや、お前って、おもろいな~と思って」
「おもろくないもん、真面目だもん」
「四天宝寺中やのに、面白くないって断言するのはあかんやろ」
「あ、そうだった…校長に怒られそう」
「つか、今からどこ行くん?」
「商店街ぶらり旅」
「ぶらり旅って…なんやそれ。なら俺も一緒行くわ」
「え!?」
「俺も買い物あるし」
「あ、ならいいけど…」
まさかの展開にちょっと状況が呑み込めない。
2人でぶらり旅???というのは、デートみたいなのでは!?いやいや、意識しすぎでしょ。これはあくまでもぶらり旅なんだから!
そんなこんなで、一人で脳内ディスカッションをしていると、バスがやってきた。
「バス来たで。行こか」
そう言うと、財前くんが、先にバスに乗るように促す。
なんか急に女の子扱いされ、妙に恥ずかしくて、少しくすぐったい。
バスに乗り、財前くんと隣同士で座る。
肩が触れている…その肩の熱が直接体に流れ込んできて、私の鼓動は止むことを知らない。心臓が口から出てきそう…。
こんなに意識してるのって、もしかして私だけなんだよね…。
そう思うと、急に切ない。
財前くんは、こういうのは慣れているのかもしれない。
ピアスもつけてるし、きっと色々と大人なんだろうな…
そんなことを想っていると、急に声をかけられる。
「おまえって、料理好きなん?」
「え!?う、うん、好きなほうかな」
不意打ちだったので、おかしな声が出たかもしれない。
でも、財前くんは気にする様子もなく質問してくる。
「どんな料理、作るん?」
「お好み焼きとタコヤキでしょ。唐揚げとか、肉じゃがとか。最近はサバの味噌煮を作る練習してみたかな」
「へぇ~案外、家庭的やん」
「お母さんが仕事で忙しい日は、私が先に作っておくと喜んでくれるからやってるだけ」
「へ~。親孝行やな。」
…。
少しの間をとったあと、再度財前くんが会話を切り出す。
「この前、シェフがくれたデザートあったやろ?」
「ん?白玉ぜんざいのこと?」
「あんなんも、作ったりすんの?」
「う~ん、要望があったら作るかな?たまにだけど」
「へぇ~…ならさ」
「ん?」
何か言いたそうにしている財前くんに察しがついてしまった。
きっと、財前くんは白玉ぜんざいがお好みなのかもしれない。
「作ったら財前くんにもおすそ分けしようか…?」
意を決して言ってみる。
「え、マジ。おおきに」
やっぱり好きなんだ。
「でも、白玉ぜんざいって、持ち運びできにくい食べ物だよね。もし作ったら報告するから…その時は家に寄ってくれるかな?」
そう言ってすぐ、私はハッとした。
「家に寄って」なんて、彼女でもないのに、すごく思い切った提案をしてしまったと。
そんな心配をよそに、
「…。分かった。なら、連絡先、交換しよ」
そういうと、財前くんがスマホを取り出す。
普段、クラスの男子と連絡先を交換することはしばしばあるのに、なぜか今回ばかりは特別に胸がドキドキした。
連絡先を交換しあい、お互いに1つずつスタンプを送り合う。
その瞬間がとても心地よく、初めて感じるふわりとした感覚だった。
バスを降り、少し歩いて商店街に到着する。
ここでお別れかと思いきや、財前くんはずっと一緒に行動を共にする様子だった。
デートではないと分かっているのに、男の子と二人きりで歩くのは初めてで、私の心臓は相変わらずずっとバクバクしたままだ。
やっぱり慣れてるんだろうな…
表情を微塵も変えない彼に、プレイボーイ疑惑が浮上してしまいそうだ。
女の子と出かけるの、慣れてるのかな…。私はこんなに恥ずかしいのに。
CDショップ、テニス用品店、雑貨屋さん…
一通り見て回ったところで、合宿先の高校生に出会った。
入江「おや、君たちは四天宝寺中の財前くんと、マネージャーの桜井さん?2人できたの?」
財前「はい、ちょうどバス停で会ったんで」
入江「同じ中学だし、仲いいんだね」
入江先輩は少しの含み笑いをしながら、私たちに話しかけてくる。
それにしても、仲がよさそうに見えるんだな。
数日前まで、会話すらまともにしてなかったんだけどね。
しばらくすると、そこに鬼先輩もやってきた。
鬼「入江、待たせたな。おう!お前らも一緒だったか。」
入江「今そこで会ったんだよ。かわいい中学生カップルだったから」
鬼「こら、入江、からかうもんじゃねぇ。こいつらも反応に困るだろうが。」
入江「ふふ、ごめんね。で、鬼は困った表情だけど、どうしたの?」
鬼「お前には分かっちまうな。実はな…」
そう言うと、鬼先輩は事のあらましを語り始めた。
商店街の自治体の人から、子ども向けイベントを開催して欲しいと頼まれたようで…
というのは、毎年イベントを執り行っているメンバーが、体調を崩していたり外せない用事があるなど、折り合いがつかず、仕方なくイベントを断念しようとしていた矢先、鬼先輩が「それなら俺が…」との流れになったそうだ。
子ども好きな鬼らしいと、入江先輩は言っていた。
しかし、さすがの鬼先輩も、イベント実行役を買ってでたものの、「果たして大丈夫だろうか?」と思っていたようだ。
入江「それなら、僕も手伝うよ。声をかけたら手伝ってくれるメンバーもいるんじゃないかな。徳川とか」
鬼「悪いな、助かる。合宿中に申し訳ねぇ」
入江「大丈夫でしょ。こういうのは、先生たちも納得してくれると思うよ。ところで、ここに居合わせたのも何かの縁だし、良ければ君たち二人も参加しない?」
「そういうことなら、私はお手伝いします!」
すると、財前くんも
「まぁ、俺もやってもええっすけど」
という、意外な返答だった。てっきりお断りするかと思ってたのに。
入江「ふふ、ありがと。財前くんも、素直なとこがあるんだね。もしかして彼女のおかげだったり?」
財前「…からなうなら辞めます」
入江「ふふ、冗談冗談、ごめんね。2人とも一緒に頑張ろうね」
鬼「お前らもありがとな。また詳しいことは合宿所で話すとして、また連絡する。お前らも、気を付けて帰れよ」
そう言い残すと、鬼先輩と入江先輩はその場を後にする。
「なんか急な展開だったけど、私たちも頑張ろうね」
「あぁ、そやな」
こうして、私たちは本日の商店街ぶらり旅に幕を閉じた。
…
夜。
せっかく連絡先を交換したので、私は意を決して財前くんにメッセージを送ることにした。

今日は楽しかったね。
イベントも一緒に頑張ろうね。
おやすみなさい。
すると、5分後くらいに返事がくる。

ああ。おやすみ
文字数は少ないものの、返事がきてくれたのが嬉しかった。
今日は財前くんと沢山お話したな…
色々なことを思い返しながら、眠りについたのだった。
合宿8日目
火花散る
ここにきて2週目の月曜日がやってきた。
合宿所の生活にも慣れ、選手たちともよく話すようになった。
私が担当している4人も、とても順調そうだ。
今日は、夕食後、切原くんのウェイトトレーニングに付き合う約束をしている。
というのも、「もう少しパワーをつけたい!真田副部長を吹っ飛ばせるほどに!」というのが彼の中の課題のようで、そのパワーも、平常心を保ちながら扱えるようになりたいのだとか…
その心意気やよしと感心した私は、練習を見守ることにした。
それにしても、真田さんを吹っ飛ばしたいって、どゆこと?
「桜井!はよーっす!今日は練習後、よろしくな!!」
合同練習前、切原君が元気に声をかけてくる。
すると、近くにいた205号室の他メンバーがあからさまに顔をしかめる。
日吉「切原、練習後、何をするんだ?マネージャーまで引き連れて、何か特別な特訓か?」
切原「お前には関係ねーだろ。な、桜井。」
いや、普通にトレーニングって言っていいのでは?と思ったけど、やはりライバル同士、こういうのは内緒にしたいものなのだろうか。
海堂「抜けがけか?」
海堂くんがギロッと切原君をにらむ。
切原「はいはい、分かりましたよ。言えばいいんだろ。練習の後、俺のウェイトトレーニングに付き合ってもらうだけだっつーの。」
財前「一人でやればええんちゃうの?なんで桜井がおる必要あるん?」
珍しく財前くんが口を挟む。
切原「俺の記録がどこまで伸びるか、記録しててほしいんだよ。それに、誰かが見ててくれる方がやる気でるじゃん。」
財前「は?俺たちもおるのに、お前一人がマネージャー独占するのはおかしない?」
切原「なんだよ、財前。ならお前も頼めばいいじゃん。それに、海堂だって、朝のロードワークに付き合ってもらってるだろ。お前はもともと合宿も来たくなかったんだろ。やる気ないヤツは口出ししてくんなよ」
財前「は?」
空気が張り詰める。
海堂「おい、そこまでだ。」
日吉「そうだぞ。財前も、もし練習したいなら桜井に頼めばいいだろう。切原も煽るな」
財前「…。」
切原「ちっ。」
海堂くんと日吉くんのおかげで、一発触発の聞きは免れたけど…まさかこんな言い合いになるとは夢にも思わなかった。
商店街イベントの準備
午後の練習が終わった。
今日はこの後、夕食の時間の前まで、鬼先輩たちと一緒に参加するイベントの話し合いが行われるそうで、先ほど急遽私に連絡が入った。
「財前くん、この後、時間ある?鬼先輩たちと、参加するイベントの話し合いをしたいって、さっき連絡が入ったんだけど…」
「ああ、分かった。着替えたらすぐ行く」
汗を流したからか、朝の不機嫌オーラはすっかり消えていた。
私たちは、一度部屋に帰って着替えをし、急いで鬼先輩たちの元に集合することにした。
…
鬼「お前ら、イベントに参加してくれて助かるぜ。今日は役割分担を決めておこうと思ってな」
鬼先輩や入江先輩の声掛けもあって、イベントには多くの選手たちが集まった。
子どもたち、喜んでくれるといいな。
鬼「各グループ別で、準備やら練習やらやってもらうことになる。すまねぇが、あと5日くらいしかねぇんだ。急ピッチになっちまうが、よろしく頼む。」
イベントは今週の日曜日。
テニスの練習の合間をぬって、イベント準備もするというハードスケジュールだけど
「大人の都合で子どもたちの楽しみを奪いたくない」
という鬼先輩の優しさに感激する。私たちは、絶対にこのイベントを成功させたい。
話し合いの末、私と財前くんは「演劇」を担当することになった。
夜練でまさかの…
夕食後、私は切原くんのウェイトトレーニングに付き合うため、ジムに向かった。
すると、ジムの前でさっきまで一緒にいた人が立っていた。
「財前くん?」
「ああ、お疲れ」
「どうしたの?いつもならこの時間、ブログを更新するって部屋にこもってない?」
「俺も夜練、する。」
「え?」
「俺もトレーニングするから、俺のも記録取って欲しいってこと。俺かて、パワーは課題やねん」
「そ、そっか!うんうん、そうしよう!じゃあ、そろそろ中に入ろう!」
2人でジムに入る。
すると、先に到着していた切原君が不服そうな顔をする。
切原「は?なんで財前までいんだよ」
財前「ええやろ、別に。俺も夜練しよ思うて。」
切原「俺と被せてこなくてもいいだろ」
財前「こいつもイベントとか、他にも仕事あるし多忙やから。記録とるなら尚更、一緒にやった方がええに決まっとる」
切原「あー…なるほど、まぁいっか。じゃ、始めようぜ」
ブツブツ言いながらも、2人はトレーニングを始める。
お互いをライバル視しているようで、記録はグングン伸びていく。ただ…
「あの、ちょっと待って!2人とも飛ばしすぎかも!!」
ありえない記録の伸びように、逆に焦りを感じてつい止めてしまった。
気づいたら、2人とも尋常じゃない汗をかいている。
ライバル効果がここまですごいとは…
柳「負荷をかけすぎると、明日からの練習に支障が出るぞ」
後ろから、立海の柳先輩が登場する。
乾「そうだぞ、2人の筋肉にアミノ酸が蓄積され始めて10分…明日には筋肉痛になる確率、98%」
続いて青学の乾先輩も登場する。
柳「マネージャーにいいところを見せたい気持ちも分かるが、急激な負荷は逆効果だ。」
乾「そうだな。そして、2人がマネージャーに好意を抱いている確率…」
と言いかけたところで、柳先輩の制しが入る。
柳「貞治、それ以上は野暮というものだ」
乾「あぁ、そうだな。すまない」
柳「では、いいものを見れたところで、俺たちは退散するとしよう。赤也、くれぐれも桜井さんに迷惑をかけぬようにな」
切原「はぁ!?迷惑なんてかけてないっすよ。だいたい、財前が張り合ってくるからこんなことに…」
柳「赤也、口うるさい男は嫌われるぞ?」
切原「うっ…ちぇっ。俺、走り込みに行ってくる。財前、お前は?」
財前「俺はもう帰るわ」
切原「オッケー。じゃ、今日はもう解散な。サンキュ、マネージャー」
「うん、おやすみ」
急なゲストの登場に、なんだか気恥ずかしいままの解散となった。
「部屋まで送る」
帰り支度をしていると、財前くんに声をかけられる。
「大丈夫だよ、一人で帰れるよ」
「トレーニング、途中で終わってもうたし、もう少し動きたい気分やから」
そう言われると、それ以上断る理由も見つからなかったので、私は財前くんの言葉に甘えることにした。
「なぁ、ちょっと外、散歩せぇへん?」
「え!うん、いいよ…」
急な誘いに、妙に緊張する。
少し歩き、花壇に到着する。
月灯りに照らされた花々が、とてもきれいだった。
緊張を打ち消すかのように、花に夢中になっているフリをする。
すると、後ろから、思いもよらない言葉をなげかけられる。
「お前さ、切原のこと、好きなん?」
あまりにもストレートすぎる質問に、心臓が止まるかと思った。
「そ、それは…どういう意味でですか?」
「はぁ…アホちゃう?こういう質問は、そのままの意味や」
「好きも何も、合宿所にきて、まだ1週間しか経ってないし…」
「じゃあ、嫌いなん?」
「き、嫌いではないかな、さすがに…」
「あいつから告白されたらどないするん?」
「それは…分からない…」
そんなこと、急に質問されても、どう答えていいか分からない。私、恋愛したことないもん。
「はぁ…そんなんやから…」
「そんなこと言われても…」
私はただ、うつむいてしまう。
「お前、隙ありすぎ」
そう言うと、急に財前君に腕を引っ張られて、壁に身体ごと押し当てられる。
いわゆる【壁ドン】というやつだ。
ピアスが月灯りに照らされている。
財前くんが、透き通るような瞳で私を上から見下ろす。
「え!?」
私は動揺を隠せず、目を見開いてしまう。
と、同時にいつもの財前くんじゃなくてすごく恐い…
「お前さ、周りがほとんど男だってこと、分かってる?誘われるままついて行って、かわいい顔して笑顔ふりまいて…」
「そんなつもりじゃないよ。私はただ、役に立ちたくて…」
「今だって、俺が誘ったらすぐついてきて…こんな夜に男と二人きりなんやで。切原に誘われてもついて行ったん?」
「…。」
何も言えなかった。
勝手に溢れてくる涙が頬をつたう。
「はぁ…すまん。ほんまごめん。泣かせるつもりやなかったんや。俺…かっこわる…」
そう言うと、財前くんは私の頬の涙を優しく拭いてくれた。
「違うの、私が何も考えてなかったから…」
「いや、ほんまごめん。お前は何も悪ない…俺が勝手に…ほんま、ごめん…。」
その後、私が落ち着くまで夜風に当たる。
消灯時間になり、私の目の腫れが引いたところで、財前くんは静かに部屋まで送り、その背を後にした。
合宿9日目
気まずい…
昨日の件もあって、私は財前くんと顔を合わせづらかった。
普通にしてたつもりだったけど、私のマネージャーとしての在り方はまずかったのかと反省してしまう。
せっかく打ち解けてきたのに、私と財前くんは、また最初の頃のように距離ができてしまった。
その一方で、私を慕ってくれる選手も増えてきたことで、格段にマネージャー業務も増えていた。
おかげで、財前くんと気まずくなったことを忘れる時間は多かった。
私は、財前くんの担当でありながら、一番遠い存在になってしまった気がする。
必要最低限のことは話す。今までと同じ。
それなのに、どうしてこんなに寂しいの?
昨日の件があるまで、メッセージだってやりとりしてた。
朝一に届くメッセージに心が躍ってた。
言葉数は少ないけど、心の底がじんわり温かくなる感覚に幸せを覚えた。
次はどんなメッセージを送ろうか、次はいつ届くかな?そんなことを考えるたびに、ワクワクしてた。
でも、今日は届かない。
時間軸で、まだ1日も経ってないのに、寂しい。
寂しすぎて、時間が戻ればいいのにって思ってしまう。
もしかして、私は財前くんが好きなの?
そんな想いがふとよぎる。ずっと彼のことばかり考えてる。
これが恋ってやつ?
人生で初めての感情の芽生えに、自分が自分でないような、フワフワとした感覚を覚える。
昨日の夜、財前くんが急に【男の人】に見えたんだ。
怒られて恐かったけど、それでも、財前くんが愛おしい。
「財前くんと話したい…」
そう小声でつぶやいて、キュッと胸が締め付けられる。
この気持ちを、どう消化したらいいのか、今の私にはまだ分からなかった。
後悔…(財前サイド)
財前「はぁ…」
謙也「なんや、めっさふか~いため息ついて」
財前「…。ああ、なんでもないっすわ…」
夕食を食べながら、俺はいつになく深いため息をついていたようだ。
夕食の味なんて一ミリもせぇへん。
なんなら、楽しそうに会話をしている先輩たちの会話も、全く耳に入ってこない。
小春「財前くん。悩みでもあるん?」
財前「…。」
一氏「おい、財前!小春が心配しとるやろ、無視すんなや」
財前「え…?何か言いました?」
全員「………。」
一氏「あかん、こいつ重症や。いつもおかしいけど、今日は尚更おかしいで」
謙也「お前…もしかして、今の今まで、俺たちが話してた校長の新ギャグについての会話、全く聞いてへんかったん!?」
財前「新ギャグ…」
そんな会話してたんや。
全員「………。」
小春「財前くん、今日はもうゆっくり休んだ方がええんちゃう?ブログもせんと、ゆっくり寝た方がええわ」
一氏「おぉ、ほんまにもうはよ寝るんやで」
財前「はい…。」
全員「………。」
いつも以上の俺の反応の悪さに、先輩たちは言葉すら失っている。
それもこれも、俺が幼稚で、このざわざわする感覚に、どう向き合っていいか分からんせいや。
俺がやりたかったことは、あいつを泣かせることではなかったはずなのに…。
あの日の夜以来、俺が桜井と用事以外で話すことはなくなった。
メッセージのやりとりも途絶えてしまったのに、俺はあいつからメッセージがきていないか、隙あらばスマホを確認してしまう。
「くるわけ…ないよな」
好きなアーティストの新曲発売のお知らせ通知を見ても、今はテンションが上がらない。
関係を崩したのは俺のせいや。
あんなやり方で、あいつにモヤモヤをぶつけてしまった。
今更、普通に話そうなんて、おこがましいのかもしれん。
「俺はあいつを…どうしたいんや?」
このわけのわからない、初めての感情を「恋」と呼ぶと確信するのに、そう時間はかからなかった。
商店街イベント練習にて
財前サイド
夕食後、鬼先輩がリーダーの商店街イベントの練習をすることになっていた。
白石「財前、商店街イベントの準備はどうや?」
財前「ぼちぼちっすわ」
白石「財前は演劇をするんやろ?金ちゃんも張り切って練習しとるみたいやし、今日は俺も様子見に行こうかと思うてな。手伝えることあれば、手伝いたいし」
財前「ありがとうございます。」
白石部長は、ただでさえ忙しい中、こうして他の部員のことも気にかけることのできるできた人や。
いっそのこと、俺のこの気持ちを相談できたら、楽になれるのではないか…
財前「あの、部長…」
白石「ん?どうした?」
財前「あ、いや…なんでもないっすわ…」
白石「?なんかあったか?夕食でも様子がおかしかったし…話したなったら、いつでも聞くで」
財前「ありがとうございます。」
こういう時、自分の性格が憎たらしくなる。
自分の気持ちを表現したり、ましてや人に話すなんて、苦手中の苦手や。
こうしていつも、俺は自分の中でとどめてしまう。
きっとそのうち、俺の中のザワザワした感情も、なかったことになってしまうんかな…
練習会場に着くと、既に劇の練習は始まっていた。
いつにも増して、遠山の明るい声が響いている。
その先に、桜井の姿を見つけ胸が高鳴る。
遠山と楽しそうに話している桜井は、当日、鬼先輩が担当する「鬼」役を代わりに演じている。
「…フッ…似合わんな…」
つい笑いが出てしまう。あんな弱そうな鬼、おらんやろ。
白石「金ちゃん、張り切っとるな~」
遠山「白石!ワイ、一寸法師やんねんけど、めっちゃ楽しいわ~!な、ねーちゃん!」
桜井「うん、でも、本番は私じゃなくて鬼先輩だから、何百倍も恐い鬼が出てくるんだよ!」
遠山「そうやったー!でも、大丈夫やで。ワイ、もう一回練習したい!」
白石「桜井さん、ほんま堪忍な。金ちゃん、元気すぎて大変やろ」
桜井「いえ、こちらも元気貰ってますよ」
仲良さげに話している2人を見ると、若干のいら立ちを覚える俺がいた。
遠山「白石ー、ねーちゃんー。2人はワイの父ちゃんと母ちゃんの役やってーなー」
突然の遠山の提案にギョッとする。
財前「そこは全員そろってからの練習でええんちゃう?」
つい口を挟んでしまった。完全に条件反射だった。
遠山「イヤやー!今やりたい!最初からやりたいんや!お願い、白石ーー!!」
白石「うーん…俺は別にかまへんけど…」
桜井「ま、まぁ…」
遠山「よっしゃ!!じゃあ、最初からやるでー!!」
遠山は、こういう時、一度言い出したら聞かない。
モヤッとしながらも、芝居稽古を最初からやり始める。
俺はナレーター担当なので、役はない。
遠山に悪気はないことくらい、俺だって分かってる。
でも、白石部長とあいつが、夫婦役をやってる姿を見るのは…何とも言えないイライラがこみ上げる。
ナレーターをしている俺の声色は、明らかにおかしかったかもしれない。
芝居の練習が一通り終わる。
遠山「はー楽しかった!」
白石「本番でも、この調子ならええ感じなんちゃう?」
財前「まぁ、そうっすね」
白石「それにしても、金ちゃんは、桜井さんにようなついとるな」
休憩中も、遠山が桜井にずっと話しかけている。
その姿に、またしてもイライラの波が押し寄せる。
しかし、自分にはその会話を止める権利もないので、ぐっと我慢する。
白石「財前、どうしたん?」
財前「え、あ、いや…別に」
白石部長に呼ばれて、我に返る。
白石「ずっと難しい顔しとるで?」」
財前「え…ほんまですか?」
白石「眉間の皺が深くなっとる。いつもクールに決めてるお前が、珍しいやん」
いつの間にか、すごい顔つきになっていたらしい。
このままでは、周りにも気づかれるのも時間の問題や。
そう思いながらも、桜井を目で追ってしまうし、いつもあいつを探してしまうんだ。
白石部長との会話の後、桜井にふと視線を移す。
そこで、異常事態に気づく。
あいつの後ろに立てかけている棒が2,3本。紐がほどけて倒れそうになっている。
俺はとっさに動き出す。
白石「財前?」
遠山と戯れているあいつの腕をつかみ、引き寄せる。
その瞬間、棒がバラバラと倒れてきて、そのうちの2本が俺の肩に直撃した。
気付くと、俺はあいつをかばうように抱きしめていた。
棒が倒れた衝撃音で、部屋中にいる全員が静まり返る。
白石「2人とも、大丈夫か?」
白石部長がすぐに駆け寄ってくる。
桜井「私は大丈夫です。財前くんが庇ってくれたから…」
財前「うっ…」
肩に痛みを感じる。
白石「財前、肩、見せてみ。はよ冷やさな。医務室、行くで」
主人公サイド
大きな衝撃音を聞きつけ、鬼先輩たちが血相を変えて部屋に入ってくる。
鬼「いったい何があった?」
立てかけてた棒が落ちてきて、財前くんが私を庇い、肩を負傷したことを鬼先輩たちに説明する。
鬼「お前は大丈夫か?」
桜井「はい…」
鬼「ならよかった。俺らが遅くなっちまったばかりにすまねぇ。早くあいつのところにいってやれ。片付けは俺らでするから。」
桜井「ありがとうございます!」
私は足早に、財前くんのいる医務室に向かった。
財前サイド
「財前、肩、大丈夫か?」
白石部長が俺に付き添ってくれた。
「はい、多分、ひびとかは入ってないと思います」
「お前、とっさによく気づいたな。」
「ちょうど目に入ったんで」
医務室で手当てを終える。
幸い、骨に異常はなく、3日ほど湿布をすれば痛みもひくだろうと言われた。
保健医の先生は、俺を処置した後、すぐさま呼び出され、俺は白石部長と医務室で二人きりになった。
「財前…」
「はい…」
「もしかして、お前、桜井さんのこと気になっとる?」
核心を突いた質問に、さすがに動揺を隠せない。
「え…いや、なんでですか?」
「もしかしたら~って最近思うててん。でも、今日の練習中に確信したっちゅーか…最近ボーっとしてたんもそれが原因か?」
「…。」
「金ちゃんが桜井さんと話してるとこ見て明らかにムッとしとったし、俺が夫婦役を演じた時なんて、それはもう俺に対する殺気がすごかったっちゅーか…極めつけは彼女のピンチに誰よりも気づいてたってことかな」
「はぁ…白石部長はお見通しやったんすね。まぁ、そうっすね。合ってます」
「財前にしては、えらい素直やん」
「抵抗しても、意味ないような気がして…もう自分でも限界だったっすわ。わけわからんくて」
「素直なのはええことやで。で、桜井さんに、自分の気持ち、伝えとるん?」
財前「いや、さすがにそれは…会ってまだ間もないし。それに、俺、前あいつのこと、泣かしてもうたんすよ」
「何があったんか、聞いてもええ?」
俺は、切原と3人で夜練した後の出来事を打ち明けた。
「あー、なるほど。それは『嫉妬』っちゅーやつやな」
「みんなに優しくしとるあいつが、危なっかしくて。勝手にイラついてもうて…」
「まぁ、気になってる女の子が、他の男と話してるんのを見るのは、気持ちええもんではないからな…まぁ、でも、マネージャーって立場上、分け隔てなく接しないといけないっちゅーことは、お前も分かってはおるんやろ?」
「それは、まぁ…。でも、俺の感情が、大人になりきれんのです。まだまだっすわ。あ、越前みたいになってもた」
「これはもう、誰よりも目立って気を引くか、さりげなく自分の気持ちをアピールしとくんも大事やで。あの子、鈍そうやから。それこそ、他の男にとられる前に…な?切原くんとか、猪突猛進やから危ないやろな~」
「…。」
気持ちを伝える?本人に…?
めっさ恥ずかしいけど…。
いや、でも、はよ伝えておかな、切原にとられるのはもっと嫌や。
「そろそろ桜井さんも来そうな頃合いやし、俺はお暇するわ」
「あ、はい。部長、ほんま、ありがとうございました。」
白石部長の言葉を思い返し、俺はこれからどうするべきか考えていた…。
そもそも、恋なんてしたこともない。未経験だ。
それに俺が恋なんて、一生する予定でもなかった。
例え誰かをいいなと思ったとしても、自分の気持ちを相手に伝えるなんて、無駄なような気すらしていた。
所詮は他人同士、分かり合えるはずはない。どこかで終わりがくるだろう。
どこか冷めていれば、自分の心がかき乱されることはない。
俯瞰して、遠巻きに事象を見極める。それで、いつも冷静になれていた。
それなのに、あいつのこととなると、まるで渦に巻き込まれたかのように冷静ではいられなくなる。
息が苦しくなる。余裕がなくなる。
この初めてのザワザワする感覚も、最初は気持ち悪くて、俺が俺ではないような気すらしていた。
でも、今はこの気持ちが「恋」と呼ぶのだと分かると、心地よささえ覚える。
しかし、自分の気持ちが分かったところで、一つの懸念が生まれる。
もし自分の気持ちを伝えたとして、拒まれたらどうする?
想像すると、だいぶ奈落の底に突き落とされる…
かといって、気持ちを伝えないまま、あいつが誰かの女になるのはもっと嫌や。後悔しかあらへんわ…。
人とは難儀な生き物だと、つくづく思い知らされる。
人間として生まれ14年。
俺はこうして初恋を体験することとなった。
この恋が実るかどうかは分からないが、俺の中に入ってきたあいつのことを、ただ大切にしたい。
主人公サイド
桜井「財前君!」
医務室のドアを開けると、肩から腕にかけて包帯を巻かれている財前くんが座っていた。
財前「あ、桜井…」
桜井「ごめんなさい、私のせいでケガさせてしまって」
財前「いや、お前のせいやないやろ」
桜井「大会前の大事な体なのに…」
財前「幸い、利き腕じゃなかったのはよかったわ」
桜井「幸いって…先生はなんて?」
財前「打撲だろうって。骨に異常はないし、大丈夫やろ」
桜井「もう無茶するのやめて。財前くんがケガするくらいなら、私がケガした方がよかったよ」
財前「…。お前、何言ってんの」
桜井「だって…」
………
少しの沈黙が流れる。
沈黙を破ったのは財前君の大きなため息だった。
財前「俺がそうしたかったんやから、もうええやろ」
桜井「でも!!」
財前「気になる女くらい、守らせろや」
え…?
そう言うと、財前君はバツが悪そうな顔をしてうつむいた。
「はぁ…はっずかし。もう分かるやろ、さすがのお前でも。俺、部屋に戻る」
そういうと、財前くんは医務室を後にする。
私はと言うと、急に言われた胸を突く言葉にぽかんとしたまま、しばらくそこを動けずにいたのだった。
合宿10日目
恋が始まる…
謙也「なんや、財前の気合いが急にすごない!?」
白石「謙也も気づいたか」
謙也「今までの財前って、仕方な~くここにいたような感じやったけど、今のあいつ、全然ちゃう人間みたいや。頭でも打った?」
白石「肩は打ったな。それにしても、ええ顔しとるな。吹っ切れた感じやな」
…
財前「桜井、今のスコア、どうやった?」
…
謙也「ほら、見てみ!!あいつ、自分からスコアの確認しに行っとるで!!今日は雪でも降るんちゃう!?あ、降ってもいい時期か…」
白石「この調子で、テニスも別のことも頑張ってほしいな」
謙也「は?テニスはともかく、別のことってなんや?」
白石「多分、遠からずみんなも分かるで」
謙也「は!?白石、その話、詳しく教えろやー!」
財前くんから思いもよらぬ言葉を告げられた翌日。
私はいまだにフワフワしているのに対し、財前くんは何事もなかったかのように接してくる。
むしろ、昔に比べ、明らかに話かけてくる頻度が増えた。
財前「なぁ、まだ時間ある?あるんやったら、サーブ練習も見て欲しいんやけど」
桜井「うん、いいけど…肩は大丈夫なの?」
財前「あぁ、まぁ昨日の今日やからたまに痛むけど、練習には支障はないし、大丈夫や」
合同練習後、私たちはもう少し練習するため、別のコートに移動することにした。
その間、2人で歩くのもすごく緊張した。昨日のことを思い出して、顔が熱くなる。
財前「なぁ、昨日のことなんやけど」
ドキッ!!!リアルタイムでそれ考えてた!!
桜井「え!?あ、う、うん…」
財前「動揺しすぎやろ…フッ…まぁ、そうやろな。でも、俺、お前のこと気になってるのはほんまやから。それだけは覚えてて」
改めて気持ちを伝えてくれる…それがとても嬉しかった。
財前「別に、今すぐ付き合うて欲しいとか思ってへんし。ただ、今は、俺の気持ちを知っててほしいって思ったんや」
もうそんな言葉言われたら、ドキドキしすぎて倒れてしまいそうだ…。
「わ、分かった…。」
私の顔は絶対に真っ赤の茹でダコ状態になっているはず。
見られたら恥ずかしいけど、この顔の赤みを今すぐ抑える術を、私は知らない…。
財前「はは、真っ赤やん。つーわけで、俺、お前に構うから。ええか?」
桜井「え、えええ。ちょっと待って…思考がちょっとついていけなくて」
財前「でも、嫌ならやめる。嫌われたくないし。構っていいか、ダメなんか、それだけ教えて」
真剣な顔でそんなこと言われると、顔から火が出てしまいそうだ…。
桜井「い、イヤ…じゃない…」
財前「え、ほんま?」
桜井「う、うん…」
財前「ははっ、それなら良かった。マジ、人生で初めてこんなハズいこと言ったから、死ぬかと思った」
そう言って、財前くんは優しく笑う。
夕焼けに照らされた財前くんの笑顔を見て、鼓動が高鳴る。
昔、国語の授業で、「赤い実はじけた」ってあったけど、今まさにそんな感じ。
いや、もうむしろ、ずっと前からはじけてたのかも。
財前「俺、もしかしたら自分が思ってたより、積極的かもしれへん」
そう言うと、私の頭をポンポンする。
桜井「えええ!!?は、恥ずかしい…」
財前「ははっ、その反応が見たなってまうわ」
こんな財前くん、聞いてないー!!
私の心臓は、とにかくドキドキしっぱなしで、おかしくなりそうだった。
合宿11日目
みんなでトランプ
明日はオフということもあり、イベント練習の後は、四天宝寺メンバーと遊ぶことになった。
一氏「ザ・ババ抜き対決ー!」
小春「負けた人は、私たちが出す質問に正直に答えること~!」
この戦い、だいぶ白熱しそうだ。
私が席に座ると、さりげなく隣に財前くんも腰を下ろす。
嬉しいような、緊張するような。
バトルが始まり、最初に一抜けしたのは、師範こと銀先輩だった。
そのあとに千歳先輩が抜け…私も何とか4位で抜けることができた。
残るは表情が表に出やすいメンバーである謙也先輩、遠山くん。そして小春先輩、一氏先輩。
その中に、あまり表情を見せない財前くんも混じっていた。
白石「なんや、財前、こういうの得意そうやけどな」
財前「ことごとく合わんのです。まるで仕組まれてるかのような…」
一氏「俺、絶対に財前を負かしたい」
財前「は?」
小春「ユウくん!気が合うわ~私も、財前くんに聞きたいことが山ほどあるの♪」
眼鏡が反射して、マジモードの小春先輩。
財前「はぁ…先輩ら、マジありえないっすわ」
一氏「ケンヤ、お前はくれぐれも負けるなよ。お前に聞きたいことは何もない!」
謙也「は!?ユウジ、それってどういう意味や!」
遠山「ワイもおるで~!」
一氏「お前らには用はない!あるのは財前だけや!!」
その矢先、謙也先輩と遠山くんが抜け、残りは3人。
3人の戦いは、予想以上の白熱ぶりで、なかなか決着がつかなかった。
そして、激闘の末、最下位は財前くんに決まったのであった。
一氏「よっしゃ!!俺と小春のナイス連携勝ちや!!」
財前「先輩ら、反則っすよ。途中から2対1やったやないですか。」
一氏「まぁまぁ、落ち着きたまえ財前くん。観念して俺たちの質問に答えれば、それでいいのだよ」
小春「ごめんね、財前くん。堪忍な。では、質問タイム始めるわよ~」
財前「はぁ…で、何すか」
小春「財前くん、ずばり、今『恋』してますか?」
財前「は?」
その顔に明らかに動揺が見えて、私も心なしかドキッとしてしまう…。
小春「だってぇー最近の財前くん、表情がすごく柔らかいし。オーラが変わったというか、なんか桃色なんだもん」
一氏「スマホ見て急に笑ったり、ニヤニヤしたり、お前、彼女できたやろ」
財前「……まぁ…」
小春「えええ!?それは認めるってこと!?」
財前くんに一気に視線が集中する。
財前「まだ正式な彼女ではないっすけど…好きな人はいます」
謙也「はああああ!?お前マジなん!?先輩ら差し置いて、彼女って!!俺は認めへんで!」
財前「謙也さん、耳がキーンなるっす…」
一氏「謙也、まぁ落ち着け。で、いつから好きなん?」
財前「割と最近っすかね」
謙也「彼女ではないってことは、脈ありってことやんな。告白はまだせぇへんの?」
財前「いや、急いで玉砕するのも嫌なんで、あちらの心の準備ができてから…」
謙也「うっわ、大人な発言!!」
小春「で、どこ中の子なん?もしかして、年上のお姉さんとか!?」
白石「はいはい、ちょお、そこまで!」
見兼ねた白石先輩が、質問タイムに終わりを告げる。
一氏「なんや、白石。今ええとこやん!」
白石「もう消灯時間になるし、部屋に戻ろか」
小春「あら~残念。もうそんな時間なんや。勝負に時間をかけすぎてもうた…」
謙也「財前、その話、また今度、詳しく聞かせてもらうからな!」
財前「いや…これ以上は黙秘っすわ」
白石先輩に促され、片付けをしだす。
続々とみんなが部屋に戻っていく。
最終チェックを終え、私も自分の部屋に戻るために廊下を歩きだす。
少し歩くと、財前くんが廊下の壁にもたれかかって、スマホをいじっていた。
財前「やっと来た。送る…」
そう言うと、スマホをスッとしまう。
桜井「そんな、悪いよ」
財前「ええから、ちょっと話したいし」
…
廊下を歩く。
財前「明日は、イベントの準備やな」
桜井「うん、明日は本番さながらの通し稽古もあるし、いよいよだな~って思う」
財前「明日、準備終わってからって、暇?」
ドキリ…
桜井「うん…」
財前「なら明日、準備終わった後、2人で出かけへん?」
桜井「うん…、いいよ」
これは、まさかのデートのお誘いってやつだろうか?
財前「集合時間と場所は、メッセージ送るから」
桜井「うん…」
あっという間に部屋につく。
財前くんは「おやすみ」と言うと、頭をポンとして、背を向け歩いていく。
まさか二人きりで出かけるお誘いをされるとは思わなくて、胸がドキドキしている。
恥ずかしいのに、離れるのが名残惜しい…
私は夢を見ているのではないだろうか?
そう思う瞬間が多すぎる。
こんな素敵な男の子が、明らかに私に好意を向けてくれている。
初めてのことすぎて、いまだに信じられない。
もしかして、遊ばれているではないかと錯覚するほどだ。
ピアスもしているし、大人びているし、もしかして私は数ある彼女のうちの1人なのではないだろうか?
いや、「初めて」という言葉も何度か聞いたし、そんなことはないはずだけど…
もしかして、財前くんはとっておきの遊び人で、色々な女子に同じようなことをしている!?えええ、どうしよう。そうだったら悲しい…
おかしな妄想が駆け巡り、頭が爆発しそうになる。
私はこのまま、何も考えずに眠ることにした。
合宿12日目
商店街イベント準備
明日、ついに商店街のイベントが行われる。
というわけで、今日は朝からイベント準備に大忙しだ。
明日のイベント会場に道具を搬入し、組み立てる。
組み立てが終わったら、明日の本番さながらの通し稽古をする予定だ。
私たち演劇チームも、妥協せず細かい部分まで練習に練習を重ねた。
練習後なのに、疲れも見せずに練習に打ち込む選手たちは、本当にかっこいいと思った。
正直、このまま小学校行脚して色々なところで披露してみたい!と思うほど、大満足の出来栄えだと思う。
鬼先輩、入江先輩、徳川先輩たちの指示のもと、通し稽古も滞りなく終わり、後はイベント当日を迎えるだけになった。
鬼「みんな、よくここまで頑張ってくれたな。礼を言う。明日は全力で楽しもうや!」
「おーーーっ!!」
鬼先輩の激励に胸が熱くなる。
明日は絶対に素敵な日になること間違いなし。
財前くんとデート?
明日の準備を終えた後、合宿所に戻り、財前くんとの約束の準備をする。
着替えていると、スマホの通知音が鳴る。

1時半にロビーで待ってる
相手はもちろん財前くん。

了解です!
そう返信し、私は少しだけ、自分にだけ分かる程度のおしゃれを楽しんだ。
1時20分。
約束時間の10分前にロビーに到着。
少し早いけど、遅刻するよりはいいかな。
と思っていたら、既にロビーには財前くんの姿があった。
「財前くん、早かったね」
そう声をかけると、
「そっちこそ」
と一言。その後、じーーっと視線を送られて、恥ずかしくなる。
「いつもと違う…化粧してる?」
色付きリップと、少しのマスカラをつけただけなのに。
男の子って、女子の変化に気づかない人が多いって愚痴を言ってた友人の言葉を思い出す。
現に、うちのお父さんや弟は全く気付かない。
でも、財前くんは気づいちゃう人なんだ…
「おかしいかな。おかしかったら、直してきてもいい!?」
「いや、かわいいけど」
!!?
ほんの少しの私のおしゃれも気づいてくれて、褒めてくれて…どんだけ女子の扱いがうまいの~~~!!
やっぱり慣れてる!?
「じゃあ、行こか」
そう言うと、財前くんが私の手を取る。
「え!?ここ、合宿所内だよ!?」
私は急な出来事に、慌てふためいてしまう。
「誰かに見つかる前に、はよ行けばええ」
「イヤだ」と言えばほどいてくれただろうけど、私は高鳴る鼓動を感じたままでいたくて、その手を離せずにいた。
財前くんが連れて行ってくれた場所は、商店街から少しだけ離れた場所にある、おしゃれなカフェだった。
「わぁ、おしゃれ!」
「やろ?テレビで特集しとったし、ネットでも評判がよかったからチェックしとったんや。しかも、合宿所の近くにあるっちゅーのがラッキーやったわ」
お店に入ると、既に満員で、何組かのお客さんが順番待ちになっていた。
立っていると、店員さんがやってきた。
すると、財前くんが
「予約してた財前です」
とスマートに予約画面を見せる。
「ご予約のお客様ですね。お席にご案内します」
順番待ちを回避したあげく、私たちは、景色のきれいなテラス席に案内される。
こやつ、できる!!
心の中で拍手喝采状態だ。
「予約してくれてたんだね」
「あ、まぁ…ネットでちゃちゃっとやればええだけやし」
…。この人、マジで同じ中学2年生?
私なんてネット予約とか、一度もしたことがない。
「財前くんって、機械系、強いよね」
「まぁ、好きやからな」
「この前、私がデータ消しちゃった時も、あっという間に助けてくれたもんね。ありがとう」
「ぶっちゃけ、ハッキングとかもできるで」
「え!?」
「冗談やって。せんけど、できるんは本当。他には、パソコンで作曲とかもしてる」
「作曲!?」
「いちいちええ反応やん」
そう言うと、財前くんが私の隣に席を移動する。
え、何ゆえ!?ドキドキするんですけど…
すると、イヤホンを私の片耳に装着。
「耳、真っ赤」
「だって…」
私、完全に財前くんの手のひらの上で転がされている…
やっぱり女子の扱い、慣れすぎだよ。
そう思っていると、アップテンポでかっこいい曲が耳の中に流れてくる。
「これ本当に財前くんが作ったの?」
「そうやけど…」
「すごい…!!これ、応募とかしないの?」
「いや、こんなん、まだまだやし。勉強不足」
「向上心~~!!次に作曲した曲も聴かせてくれる?」
「あぁ、曲ができたら、次はお前のクラスまで行くわ」
「あ、そっか…。私、明後日には大阪に帰るんだった」
最初は2週間なんて長すぎると思っていたけど、あっという間に過ぎてしまった。
最初の頃、財前くんは同じ中学でありながら、とにかくとっつきにくくて…
まさか、こんな会話をするほど仲良くなるなんて、夢にも思わなかった。
人生は、何が起こるか分からないとしみじみ思う。
「お待たせしました!」
しみじみとしていたら、店員さんが注文したスイーツを運んできてくれた。
私はふわふわのパンケーキ。財前くんは、大好物の白玉ぜんざい。
パンケーキを一口頬張ると、ふわっとした後に、もっちりとした触感。
ほどよい甘みで、その甘みを邪魔しない濃厚で滑らかなホイップクリームが、口の中でハーモニーを奏でる。
まさに「幸せ」そのもの。
パンケーキに舌鼓を打っていると、財前くんも白玉ぜんざいに幸せを感じている様子だった。
「あ、うまい…」
それを見ていたら、先日、財前くんに白玉ぜんざいを作ったらおすそ分けすると約束したことを思い出した。
特訓しなきゃ…
大阪に帰ったら、財前くんが満足する白玉ぜんざい作りという責務が待っている。これはただ事ではない。
お互いにスイーツを8割ほど堪能したところで、私は財前くんに思い切って前々から感じてた疑惑を、質問してみることにした。
「財前くんってさ、普段もこういうおしゃれなお店、来るの?」
「あぁ、まぁ」
「それって、女の子と?」
質問をした瞬間、財前くんが飲んでたコーヒーでむせてしまった。
「あ、ごめん…飲んでる途中にする質問じゃなかったよね…」
「いや、それはええのやけど…どうしてそうなる?」
「だって…」
一瞬ためらったけど、やはり言うべきだ。
「前から思ってたんだけど、財前君って女の子の扱い、慣れてるんだもん。女子の好きそうなこととか、こんなおしゃれなカフェとか…どう考えても初めてじゃないでしょ」
言ってしまった。ついに失礼な疑問を投げてしまった。
「いや、カフェくらい一人でも行くやろ。つか、女子が好きそうなことってなんやねん」
そう言われると、なんか照れる。
自分で聞いといてなんだけど…
「えーっと…今日みたいに急に手をつないできたり、頭をポンポンしてきたり…か、かわいいって突然言ってくるとか…」
「…。あー、なるほど。つか、それ色んな奴にしてたら、俺、人間としてやばない?それに俺、そんな器用じゃないし。」
「だって…」
「お前やから、すんのやろ…もしかして、俺のこと、女慣れしてるプレイボーイとでも思ってたん?」
「…。」
「その沈黙はイエスやな…」
「ごめんなさい…」
「…。あかん。これは予想以上に手強いわ。まぁええ。そのうち、ちゃんと教えたるから」
「教える…?」
「もう少しだけ、時間くれ。お前が不安になったりおかしな疑惑を抱かんくらい、ちゃんとはっきり教えたる」
え…それは、一体どういうこと!?
気になってるって言ってくれたけど、それってライクじゃなくてラブってこと!?
財前くんは、ちゃんと私を好きってこと!?
そうだったら嬉しいって何度も思ったけど、さすがにおこがましいというか…
いーやいやいや、さすがにね…
えー、もうわけわからない。
そんな考えに頭を巡らしていると、財前くんがふと笑う。
「フッ…さっきから表情がコロコロ変わりすぎておもろいねんけど」
ふと我に返る。
「え!?おかしな顔してた?」
「ヘンというより、おもろかった。純粋に。見てて飽きひんな~思ってた」
は、恥ずかしい…バカな奴だと思われた…。
「そろそろ出よか」
スイーツを食べている間に、お店はより一層の長蛇の列ができていた。
お店を出た後は雑貨店に行くことになった。
最近、前髪が伸びてきて、ヘアピンが欲しいと思っていたのでちょうどよかった。
雑貨店は、土曜日ということもあって、高校生や大学生カップルも多く訪れていた。
ヘアアクセサリーコーナーに行くと、かわいいのからレトロチックなものまで、多種多様なアイテムが並べられていて、思わず歓声をあげてしまう。
ふと気になって手に取ったのは、カーマインの色が鮮やかな、花をモチーフにしたデザインのヘアピン。
あまり目立つものにしてはいけないけど、これならいけそう。
鏡の前で似合うかどうか付け心地を試していると、すぐ隣に財前くんの顔が現れ、鏡ごしに目が合う。
「ひゃっ!!」
「俺はオバケか…」
「だって、急に現れたらびっくりするよ」
ひと昔前も、こんなことがあったような…
「いや、忍者みたいにするな言うから、今回は物音立てて近づいたで」
「うーん、なら私が鈍いだけか…」
「まぁ、そうやろな。つぅか…そのヘアピン、似合うとる」
「でしょ!特にこの色が好きで、完全に一目ぼれ!」
「へぇ。色、カーマインやし、センスあるやん」
「へへっ。じゃあ、これに決ーめた!」
そのままレジに直行しようとしたところで、財前くんに腕をとられる。
「ん?」
「それ貸して」
「え?財前くんもこれが欲しいの?」
「んなわけあるか。いいから、貸してみ。」
そういうと、財前くんはレジに向かい、お会計をする。
ええええー!!
「財前くん、それ、自分で買うよ!」
そう言ってる間に、店員さんがかわいくリボンをつけたラッピングを完成させる。
「はい、プレゼント」
うぅ、財前くんには適わない…
「今日、付き合ってくれたお礼」
「そんな!私も行きたかったから、お礼されることなんてないよ!」
「ええから」
そんな言い合いをしていると、店員さんがフフっと笑う。
「2人とも、仲良しですね」
「はい、仲良しです」
財前くんがすかさず答える。
「なんだか微笑ましいです。2人を見てると、夫と付き合ってた頃の学生時代を思い出しちゃって。」
「へぇ。店員さんは旦那さんといつから付き合うてたんですか?」
「中学2年生からよ、ちょうどあなたたちと同じくらいの頃かしら」
「そうなんすね。」
「2人を見てると、あの頃を思い出して、久しぶりにキュンとしちゃったわ。結婚してこどもたちが生まれてからは、もう本当に大変で…。あ、でも子ども達はとってもかわいいから、大変だけど楽しいのよ。」
結婚!?こども!?
…この未来を連想させるワード…今の私には受け止めきれない…
申し訳ないけど、財前くんとのそんな未来を想像して、頭がショートしてしまいそうだ…。
しばらく、店員さんはマシンガンのように馴れ初め話を話し始める。
プロポーズの話が終わった頃、店員さんは別のお客さんに呼び出され、話は終了となった。
「あ、そういえばお代…」
財前くんがそう言うと
「今日は特別。2人のおかげで素敵な記憶がよみがえったので、今日はお礼ってことで。もしよかったら、また2人でうちに来てね」
「ほんまにええんですか?ありがとうございます。」
「いいのいいの!じゃあ、私は行くわね。また来てね~!」
店員さんのご好意に甘え、私たちはお店を後にする。
とても素敵な店員さんだったけど、おかげでおかしな想像をしてしまい、私の心臓は落ち着きを取り戻すのに、だいぶ時間がかかってしまった。
「なんや…すごい店員さんやったな」
「うん、まさか馴れ初め話が始まるとは思わなくて。私たちのことも、恋人同士だと思って話してたもんね」
「まぁそこはええんちゃう?あながち間違いではないし。一歩手前というか…」
「え…?」
「あ、そろそろ合宿所の門限やで。ちょっと走ろか」
そう言うと、財前くんが私の手を取り走り出す。
どうしよう、このトキメキ、もう止められないよ…。
合宿13日目
イベント当日
今日は、いよいよ商店街で行われるイベントの日だ。
早朝から会場に向かい、最後の準備をする。
イベントの催し担当の選手たちは会場で最後の練習を。
イベントをお手伝いしてくれるメンバーは、商店街周辺でチラシ等を配り、宣伝活動をしてくれている。
宣伝活動が功を奏し、イベント開始前にもかかわらず、既に会場は満員御礼になった。
イベントが始まる。
演奏、紙芝居、歌の合唱。
どの催しも大盛況だ。
そして、トリを飾るのは私と財前くんが参加している演劇「一寸法師」だ。
遠山くんの軽快なる一寸法師。
鬼先輩の大迫力の鬼。
その劇の合間に、財前くんの子ども心をくすぐるナレーションが入る。
子どもたちは、食い入るように劇を観覧し、大盛り上がりで幕を閉じる。
こうして、商店街イベントは、大大大成功で終わった。
「君たち、本当にありがとう。子ども達も、すっごく喜んでいたね。悔しいけど、近年一番の盛り上がりだったんじゃないかなぁ。」
そう言って、会長さんもとても喜んでくれた。
「いえ、こちらこそ、子ども達に楽しませて頂きました。このような機会を頂けたこと、とても光栄です」
鬼先輩が深々と頭を下げる。
「くーっ!泣かせるね。こんな素晴らしい子たちがいるんだ。日本の未来も安泰だな。打ち上げと言ってはなんだが、食事や飲み物を用意したらから、ゆっくりしていきなさい」
会長さんに促され、私たちは打ち上げを楽しむこととなった。
「みんな今日はご苦労だった!では、乾杯!」
鬼先輩の挨拶と、乾杯の音頭で、みんなは笑顔になる。
イベントの大成功を改めて実感する。
「お疲れ。」
財前くんが、グラスをもって目の前に登場する。
「財前くんこそ、ナレーションすごくよかったよ。お疲れ様でした」
持ってたグラスをコツンとし合う。
「お前、明日で帰ってまうんやな…」
「なんだかんだで、すっごく早い2週間だった…」
「合宿、どうやった?」
「最初はね、不安だな~って気持ちが強くて。でも今は、もう少しここにいたいな~って気持ちの方が大きい。だから、すごく寂しい」
「俺とも離れるしな」
「うん………って!!財前くん、最初、素っ気無かったの、忘れてないからね」
「いや、だって、女子って面倒くさい生き物やし」
「ひどーい!最初、本当に恐かったんだから…」
「今は?」
「今は恐くないけど…」
「じゃあ…」
そう言いかけたところで、遠山くんが割って入る。
「姉ちゃん!財前!こっち来ぃや!ビンゴ大会するんやて!」
特賞は商店街のお買い物券、なんと5千円とのこと。
これは当てるしかない!
こうして、私たちの楽しい1日は終わった。
合宿14日目 お別れの日
練習ラスト
本日ついに、私にとって合宿最後の練習日。
午前練習が終わった後、私たち各学校からのマネージャー勢は帰路につく。
「夢さん、本当に今までありがとうございました。夢さんがいたから、私、頑張れました。もしよければ、千葉に遊びに来てくださいね。離れるのが寂しいです」
206号室担当だったあおいちゃん。
彼女のおかげで、私は何度も救われた。
寝る前にするおしゃべりも、本当に楽しかった。
大阪で普通に過ごしていたら、決してなかったであろう出会いを沢山した。
本当に素敵な日々だった。
しみじみと今までを思い返した後は、私たちは最後のマネージャー業を遂行する。
私はあおいちゃんと、コツンと拳をぶつけ、お互いに気持ちを奮い立たせたのであった。
切原「マネージャー、俺の雄姿、目に焼き付けて帰れよ~」
切原君が手をブンブン手を振っている。
その姿も、今日で見納めかと思うと、やっぱり寂しい。
他の205号室のメンバーは、もくもくと課題をこなしている。
最初の頃、本気を出さず、淡々と練習していた財前くん。
今ではすっかり全力で練習に励んでいる。
乾「やぁ、調子はどうだい?」
柳「赤也はしっかりやっているか?」
そういうと、2人は私が持っていたタブレットを見る。
柳「財前の伸びがすごいな…」
乾「ふむ…彼はあまり本気を出さない選手と聞いていたが…データを更新する必要がありそうだ」
柳「大きな心境の変化でもあったのかもしれないな…」
乾「海堂も、うかうかしてられないな。」
柳「それは赤也も同じこと」
博士と教授と言われている2人が、財前くんのことを褒めている様子に、私は自分のことのように嬉しくなった。
財前くん、ファイト!
そう心の中で念じてみる。
すると、心の声が聞こえたかのように、財前くんがこちらを見て微笑む。
その笑顔…ずるい。
私は、財前君がとっても大好きだ。
告白
午前練習が終わり、昼食を食べた後、私は帰宅準備をしていた。
するとスマホの通知音。

話したい。2時に花壇のとこ、来て
午後1時からお別れの会。
2時は、会が終わりバスを待つまでの時間に当たる。

うん、行くね。私も話したいから
その前に、私もちゃんと話したい。
私も財前くんに、今の気持ちを知って欲しい。
お別れの会。
全メンバーが集まり、花束やお礼の言葉をもらう。
たった2週間だったのに、もうずっと一緒にいたような気持ちになる。
自然と涙が溢れてくる。
「今まで、本当にありがとうございました。大会、頑張ってきてください。私たちは、みんなと過ごした日々をずっと忘れません。」
そう言うと、盛大な拍手をしてくれる選手たち。
海堂「2週間、世話になったな」
日吉「気を付けて帰れよ。」
切原「ほんと、お前のおかげでいい練習ができたぜ、サンキューな」
205号室の3人も、続々と声をかけてきてくれた。
四天宝寺中の先輩たちも声をかけてくれる。
また学校で会えるはずなのに、別れはとても寂しかった。
一氏「財前、悔いはないか?桜井に言っとくことはないか?」
財前「なんすか、ユウジ先輩。余計なお世話っすわ」
一氏「なるほど、続きは学校でってことやな」
謙也「ユウジ、さっきからなんの話しとるん?」
白石「謙也~ま、そこは気にせんでええ。財前、後は俺に任せて、しっかり決めてこいよ」
謙也「だから、財前は何かあったん?」
白石「桜井さん、ほんまありがとう。俺たちが戻ったら、テニス部に遊びにきてや」
桜井「はい、テニス部に遊びに行きますね」
みんな、これからも頑張ってね!
ずっと応援してます。
こうして、私は合宿所メンバーと別れを告げた。
午後2時。
私は全ての荷物をまとめ、財前くんとの約束の場所へ向かう。
花壇と言えば、壁ドンされて怒られて…泣いた場所。
そんな苦い思い出も、今となっては愛おしい。
花壇に着くと、財前くんが既に待っていた。
「ここ、人こないかな?」
「大丈夫、今はもう昼練が始まっとるし。俺は白石先輩に頼んで、ちょっとだけ時間もらった。」
「そっか…。」
「桜井…」
いつもの飄々とした表情とは違い、心なしか憂いを帯びた寂しそうな表情を見せる財前くん。
それは私も同じで…
「寂しそうな顔しとる」
と言われ、頭をポンポンとされる。
「…っ」
「桜井、俺、お前にちゃんと話しておきたいことがあんねん」
「…うん」
「俺、お前のこと、好きや。言っとくけど、友人としてやなくて、数ある彼女のうちの1人とかやなくて、ちゃんと一人の女性として、お前が好き。だから、付き合うて欲しい」
一番欲しかった言葉に、私の涙腺は一気に緩む。
「態度でだいぶ示してきたつもりやけど、ちゃんと言葉でもしっかり伝えておかな、お前、鈍感やから…。もう言い訳できないように、俺の気持ち、しっかり受け止めてや」
「うん…。ありがとう。」
「で、お前はどうなん?」
「わたしも…すき。財前くんが、だいすき…っ」
涙が出そうになるのを必死にこらえながら、自分の気持ちを伝える。
一瞬、その場に静寂が流れる。
「ほんまに?」
「うん。」
「俺たち、今日から彼氏と彼女ってことでええの?」
「うん、私、財前くんの彼女になりたい」
「…。お前、ほんとかわいすぎ…」
そう言うと、財前くんが私を引き寄せて、ギュッとする。
体全体を包み込まれ、神経の隅々までほてる感覚に酔ってしまいそうだ。
「あかん、俺、ニヤけてもうて…顔、見せられへん。」
「それなら、私も同じだよ…でも、財前くんがニヤけてるとこ、見たいかも」
「だって、この先財前くんがニヤけてる顔見れるの、今日だけかもしれないよ」
「なんやそれ」
そう言うと、腕の力が緩み、私たちはお互いの顔を見つめ合う。
「お前、真っ赤」
「財前くんこそ」
「はは、そやった。…なぁ」
「ん?」
「下の名前で呼んでええか?」
「うん」
「夢…」
「なに?光…」
「お前、それ急に反則…」
「私だって呼びたいもん」
2人でしばらく微笑みあう。
今までの緊張が溶けて、私たちはやっとお互いの気持ちをしっかり確認できた喜びに浸る。
しばらくして、光が急に真剣なまなざしを向けてくる。
「夢…」
そう呼ばれた瞬間、唇にそっと口づけされる。
え!?
声にならない驚きで、私は硬直してしまう。
急に押し寄せる顔のほてり。
それを実感する間もなく、次は体ごと引き寄せられて、さっきより長く唇を奪われる。
私の初めてのファーストキスは、ミントのようなレモンのような、爽やかな香り。
恥ずかしいのに、心地いい。少しイジワルなのに、でも嫌じゃない。
「続きは、大阪で。やな」
そう笑っていたけど、ピアスが光る耳が真っ赤だった光。
そんな彼が、たまらなく愛おしくて。
「バスが到着しましたー!乗車をお願いします」
遠くから聞こえてくる先生の声にハッとする。
「私、行かなきゃ」
バスに乗り、私は少しでも光を目に焼き付けたくて、席に座ると、すぐ窓を開けて光に手を振る。
すると、光が
「連絡するから」
と私にだけ聞こえる声で伝えてくれる。
「うん」
「毎日メッセージ送るし、電話するし、帰ってきたらすぐ会いに行く」
「うん!光も頑張ってね!」
「おう、任せろ」
そして、最後に口パクで「大好きやで」と言ってくれたのが分かった。
いよいよ出発の時間になり、バスは発車。
光の姿が見えなくなるまで、私はその姿を目に焼き付けたのであった。
光が、無事に楽しく合宿を終えますように。
後日談
翌年の春。
中学3年生になった私と光は、同じクラスになった。
私は昨年の合宿後から、四天宝寺中のテニス部マネージャーになり、今はこうして部活に勤しんでいる。
「夢、行くで」
「うん!ところで、新入生向けの挨拶、考えてきた?」
「おう、少し緊張するけど、新入生たちの心を掴んで離さんやつ、考えてきたで」
「わ、かっこいい~!!楽しみだな」
「任せとき。一皮むけた俺に、怖いもんはないで」
マネージャーになった私は、部長になった光を陰で支えるべく、毎日忙しいながらも充実した毎日を送っていた。
大変なこともあるけど、愛しい彼の頑張る姿を近くで見ることができるのは、とっても幸せだと思う。
部活の時間になり、光は新入生たちの前で渾身の挨拶(というか一発芸)を披露した。
光のイメージを根本から覆す挨拶に、少しだけ騒然となったが、一気に笑いが巻き起こり、光は見事に新入生たちの心を掴むことができた。(と思う)
私もお腹を抱えて大笑い。
「部長、最高~!」
と声が上がる。
光の雄姿を見ようと、応援に来た先輩方は少し啞然としていたけど、「なんか一皮むけたな~」と喜んでいた。
部活が始まり、先輩たちが光の元に駆け寄る。
謙也「お前、やばいほどのキャラ変やけど、大丈夫か!?びっくりしたで」
財前「俺はいつだって全力投球ですよ。」
白石「これからの四天宝寺テニス部を、財前がどう盛り上げていくか楽しみやな。な、桜井」
桜井「はい、楽しみです」
白石「これからも、公私ともに財前を支えたってな?」
桜井「もちろんです」
財前「白石先輩、俺の彼女、口説かんでください。」
謙也「くーっ!なんで先輩を差し置いて、お前の方が先に彼女できてんねん!生意気やで」
小春「それにしても、2人すっごくお似合いやよね~」
一氏「いや小春、俺たちの方がお似合いやろ」
今日も四天宝寺テニス部は、笑いの渦が耐えないのであった。
(完)
管理人の独り言
私の処女作、財前くん偏のお話でした。
育児の合間に自由帳に書きなぐり、長い月日を経て完成した作品です。
書きだしたら止まらなくて、原案は3日くらいで終わったけど、パソコンに文字打ちする作業にえらく時間がかかりました…。
テニプリの恋愛ゲームが出たら、舞台は合宿所がよくて、主人公は同級生。
学プリやドキサバみたいに短期間でギュッとトキメキを詰め込んで告白に至る~な話に仕上げたくて、2週間恋愛にしてみました。
最高キスまで設定で大人展開はないけど、私は恋が成就するまでのドキドキ感が大好きです。
あ~でも、高校生を書く時はもう少し大人展開あった方がいいのかな?
いや、ブログがバンされると困るから、やめとこか(笑)
次は誰を書こうかな♪
ここまで読んでくださった皆様、愛してます。
ありがとうございました♪